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ビュシェ ビュシェBuchez, Philippe Joseph Benjamin

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビュシェ
ビュシェ
Buchez, Philippe Joseph Benjamin

[生]1796.3.30. アルデンヌ,マターニュラプチット
[没]1865.8.12. ロデズ
フランスの哲学者,政治家。初め医者であったが,1821年カルボナリ党に関係し革命運動に従事。のちサン=シモン主義の指導者となり,一種のキリスト教社会主義の方向をたどった。 48年憲法制定議会議員となり,二月革命直後には一時大統領をもつとめた。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版の解説

ビュシェ【Philippe Joseph Buchez】

1796‐1865
フランスのカトリック社会主義者。パリ入市関税事務所に勤めるかたわら,哲学を学び,医学を修める。1821年バザール,フロタールとともにフランス・カルボナリ党を結成。その後,サン・シモンの思想に共鳴し,26年より《生産者》紙の編集に加わったが,29年宗教的色彩を強め,位階制を取り入れた同派と袂を分かち,独自の活動を始めた。30年,人民の友協会の結成に参加。31年から《ヨーロッパ人》紙を発行し,《都市賃金労働者の状態改善の方法》(1831)などにおいて,労働者の生産協同組合(アソシアシヨン)論を展開した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ビュシェ
びゅしぇ
Philippe Joseph Benjamin Buchez
(1796―1865)

フランスの哲学者、政治家。復古王政下に「フランス・カルボナリ」党の結成に参加後、1825年サン・シモン派に投じたが、アンファンタンとの理論的対立のため1829年決別し、自らの学派の形成に向かった。翌1830年の七月革命後、共和派の結社「人民の友」に参加、新聞『ヨーロッパ人』において空想的社会主義とカトリック教とが混合した独自の社会理論を展開、労働者生産協同組織による社会進歩と友愛の実現を説き、1840年代には『アトリエ』紙に拠(よ)る労働運動のミリタン(活動家)に強い影響を与えた。また友人ルーPierre-Clestin Roux-Lavergne(1802―1874)の協力を得て史料集『フランス革命議会史』40巻(1834~1838)を刊行。1848年の二月革命後はナショナル派(ブルジョア共和派)に属し、一時立憲議会の議長を務めた。同年の六月事件後はカベニャックを支持したが、1849年の立法議会選挙で落選、1850年政界から引退した。[服部春彦]
『河野健二編『資料・フランス初期社会主義――二月革命とその思想』(1979・平凡社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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