ユリシーズ(読み)ゆりしーず(英語表記)Ulysses

翻訳|Ulysses

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ユリシーズ」の意味・わかりやすい解説

ユリシーズ
ゆりしーず
Ulysses

アイルランドの小説家ジェームズ・ジョイスの長編小説。初めアメリカの雑誌『リトル・レビュー』、イギリスの雑誌『エゴイスト』に一部が連載され、検閲の目を避けて、パリで1922年に刊行。ダブリンに住む中年のユダヤ人広告業者レオポルドブルームの、1904年6月16日の24時間を『オデュッセイア』の枠組みに当てはめて描いたもの。神話の壮大な英雄とは逆の、卑小で滑稽(こっけい)で悲しい寝取られ男ブルームが精神上の子を求める彷徨(ほうこう)と、テレマコスにあたるスティーブンの精神上の父を求める散策とが交錯し、女の豊饒(ほうじょう)そのものを象徴するブルーム夫人モリー(いわば貞節でないペネロペイア)の夢の独白のなかに吸収される。

 この作品は全体が3部に分かれ、挿話が18に分かれている点では、原型を忠実になぞっている(連載時には各挿話に「漂流する岩」「風神(アイオロス)」などのような『オデュッセイア』と同じ題がついていた)。第1部はスティーブンを、第2部はレオポルドを中心にしており、第3部は2人の邂逅(かいこう)を扱っている。そして細部に至るまで原型をパロディー化しながら照応させている。それ以外に『さまよえるユダヤ人』『ハムレット』などの原型も利用しており、エリオットのいうように(「『ユリシーズ秩序、神話」〈1923〉)「神話を用いて現代と古代の間の一つの持続的な平行関係において、現代史の空虚と混沌(こんとん)に秩序を与える」神話的方法とよぶことができるし、また「間テクスト的な(インターテクスチュアル)」技法極限まで用いたものとみることができる。

 このような大きな枠組みを設定したうえで、文体の実験は壮絶なもので、婦人雑誌、教義問答、使徒信経、叙事詩、あるいは英語文体史のパロディーというぐあいに英語のあらゆる次元に挑んでおり、言語技術面での名人芸とともに構想の雄大さにおいて、小説ジャンルに衝撃的な革命をもたらした。とりわけ最後のモリーの独白の切れ目のない文体は、次作『フィネガンズ・ウェーク』を示唆するものといえよう。小説のみならず文学全般の領域を著しくひろげ得た、目覚ましい業績である。

[出淵 博]

『丸谷才一・永川玲二・高松雄一訳『ユリシーズ』全3巻(1996~97・集英社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ユリシーズ」の意味・わかりやすい解説

ユリシーズ
Ulysses

アイルランドの小説家 J.ジョイスの小説。 1922年パリで出版。表題はホメロスの『オデュッセイア』の主人公オデュッセウスの英語名で,この古代叙事詩を枠組みとして用いる。主人公レオポルド・ブルーム,その妻マリオンそしてスティーブン・ディーダラスは,それぞれオデュッセウスと妻ペネロペイア,息子テレマコスに対応する。 18の挿話に分れ,ダブリンにおける 1904年6月 16日から翌日にかけてのわずか1日間の出来事を扱う。「意識の流れ」の手法をはじめ,きわめて多彩な技法を大規模に用いていることで知られ,ドス・パソス,V.ウルフ,T.ウルフ,フォークナーらに影響を与えた現代小説の最高峰の一つ。

ユリシーズ

オデュッセウス」のページをご覧ください。

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