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フッド フッド Hood, Alexander, 1st Viscount Hood of Bridport

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フッド
フッド
Hood, Alexander, 1st Viscount Hood of Bridport

[生]1726
[没]1814
イギリス海軍軍人。 S.フッドの弟。 1741年海軍に入る。七年戦争勃発の頃から対フランス海戦に再三参加。 84年以降下院議員。 96年男爵。 97~1800年にはイギリス海峡艦隊司令官としてフランスのブレスト港封鎖の指揮をとり,01年子爵。

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フッド
フッド
Hood, John Bell

[生]1831.6.1. ケンタッキー,オーイングズビル
[没]1879.8.30. ニューオーリンズ
アメリカ南北戦争期の軍人。南部連合の将軍。ゲティスバーグチカモーガの戦いで負傷。のちにアトランタ防衛戦で活躍し,北軍の W.シャーマン将軍の進撃を阻止しようとしたが失敗,さらにフランクリン,ナッシュビルでも敗退,フッド軍は壊滅に瀕し解散した (1865.1.) 。

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フッド
フッド
Hood, Samuel, 1st Viscount Hood of Whitley

[生]1724.12.12.
[没]1816.1.27. グリニッジ
イギリスの海軍軍人。 1741年海軍に入り,59年『ベスタル』号を指揮し,フランスの『ベロナ』号を捕獲。 67~70年北アメリカ艦隊の司令官,80年少将,80年からロドニー卿のもとで西インド諸島で活躍,85年から下院議員。

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フッド
フッド
Hood, Thomas

[生]1799.5.23. ロンドン
[没]1845.5.3. ロンドン
イギリスの詩人,ジャーナリスト。『ロンドン・マガジン』の編集次長となり,ラム,ハズリット,ド・クインシーと知合った。その後もさまざまな雑誌を編集。『キルマンセッグ嬢の高価な脚』 Miss Kilmansegg and Her Precious Leg (1841~43) などの滑稽詩のほか,『シャツの歌』 Song of the Shirt (43) ,『嘆きの橋』 The Bridge of Sighs (44) などのヒューマニスティックな社会抗議の詩がある。

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フッド
フッド
Hood

イギリス海軍が第1次世界大戦の戦訓を取入れて 1920年3月5日に竣工した巡洋戦艦第2次世界大戦中の 41年5月 24日,北海でドイツ戦艦『ビスマルク』の砲撃を受け沈没。主要目は,常備排水量4万 2670t,全長 262.1m,最大速力 31kn,主砲 38.1cm連装砲4,14cm砲 12,10.2cm高角砲4,47mm砲4,533mm魚雷発射管4,同水中魚雷発射管2。

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世界大百科事典 第2版の解説

フッド【Mantle Hood】

1918‐
アメリカの民族音楽学者。カリフォルニア大学ロサンゼルス校で作曲を学んだ後,オランダに留学,アムステルダム大学クンストについて民族音楽学とジャワの音楽を学ぶ。1954年アムステルダムで博士号取得後,帰国して母校で教鞭をとる。アジアアフリカの諸民族の音楽を演奏体験することによってバイ・ミュージカリティ(複音楽性)を発達させ,これを音楽学研究の基礎とする彼のアプローチは,1950年代後半から若い音楽学学生を引きつけ,その主宰する民族音楽学研究所からは有能な民族音楽学者が輩出し,現在彼らがアメリカの主要な大学のいくつかで民族音楽学を講じている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フッド
ふっど
Thomas Hood
(1799―1845)

イギリスの詩人。早くから『ロンドン・マガジン』誌に寄稿し、ラムやハズリットと親交を結ぶ。『粋狂と奇行』(1826~27)など痛快な詩文集で多くの読者を得た。貧窮と苦悩の生涯を送り、晩年の『嘆きの橋』『シャツの歌』は、労働者の悲惨な生活を哀切な調べで歌い上げている。[早乙女忠]

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世界大百科事典内のフッドの言及

【民族音楽学】より

…音楽学者シーガーは民族音楽学において常に体系的音楽学としての論理的一貫性が保持されることの重要性を喚起し,また客観的な旋律記譜装置としてメログラフを開発したりした。オランダでクンストに師事したアメリカの音楽学者フッドMantle Hood(1911‐ )は民族音楽学の研究者が,フィールドで録音・録画するのみならず,音楽家として演奏能力をもつことの重要性を強調した。適切な訓練を受ければ複数の言語を操ることができるように,教育の方法しだいで人は複数の音楽様式に通じる能力bi‐musicalityを獲得できると主張し,これをUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)付属民族音楽研究所で実践した。…

【民族音楽学】より

…音楽学者シーガーは民族音楽学において常に体系的音楽学としての論理的一貫性が保持されることの重要性を喚起し,また客観的な旋律記譜装置としてメログラフを開発したりした。オランダでクンストに師事したアメリカの音楽学者フッドMantle Hood(1911‐ )は民族音楽学の研究者が,フィールドで録音・録画するのみならず,音楽家として演奏能力をもつことの重要性を強調した。適切な訓練を受ければ複数の言語を操ることができるように,教育の方法しだいで人は複数の音楽様式に通じる能力bi‐musicalityを獲得できると主張し,これをUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)付属民族音楽研究所で実践した。…

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