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フラハティ フラハティ Flaherty, Robert Joseph

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フラハティ
フラハティ
Flaherty, Robert Joseph

[生]1884.2.16. ミシガン,アイアンマウンテン
[没]1951.7.23. バーモント,ダナストン
アメリカ記録映画監督。北極地方を探検し,これを長編記録映画『極北の怪異』 Nanook of the North (1922) で発表,ドキュメンタリー映画に新風を吹込んだ。おもな作品『モアナ』 Moana (26) ,『アラン』 Man of Aran (34) 。

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デジタル大辞泉の解説

フラハティ(Robert Joseph Flaherty)

[1884~1951]米国の記録映画監督。イヌイットの生活をカメラに収めた「極北の怪異(ナヌーク)」で国際的な評価を得た。ほかにサモア先住民の生活と風習を記録した「モアナ」などがあり、ドキュメンタリーの父と呼ばれる

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百科事典マイペディアの解説

フラハティ

米国の記録映画作家。エスキモーの家族を撮影した《極北の怪異》(1922年),南太平洋に住むサモア人を記録した《モアナ》(1924年)等を製作。《アラン》(1934年)はその代表作。
→関連項目アラン[諸島]ムルナウ

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世界大百科事典 第2版の解説

フラハティ【Robert Flaherty】

1884‐1951
〈ドキュメンタリーの父〉とよばれるアメリカの記録映画作家。ミシガン州生れ。1910年から16年まで北カナダ鉄道の地理調査隊に加わり,13年にエスキモーの生活を撮影したフィルム(上映時間が17時間30分におよんだと伝えられている)がトロントで編集中に事故で焼失したのち,フランスのレビヨン毛皮商会から5万ドルの出資をえ,15ヵ月間エスキモーと生活を共にして自然とたたかう狩猟家族の姿を記録した《極北の怪異》(1922)をつくり,記録映画の新しい道を開いた。

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大辞林 第三版の解説

フラハティ【Robert Joseph Flaherty】

1884~1951) アメリカの記録映画監督。自然と闘うエスキモーの姿をカメラにおさめた「極北の怪異」で国際的な評価を得、ドキュメンタリーの父と呼ばれる。ほかに「モアナ」「アラン」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フラハティ
ふらはてぃ

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世界大百科事典内のフラハティの言及

【イギリス映画】より

…その信条は国際市場を目ざすいたずらな大作主義に走ることなく,国内市場だけで回収できる範囲の製作費で作品を作り,そこに〈イギリス的なるもの〉を盛り込むことにあった。彼はすでに1930年代にヒッチコック監督のスリラー《暗殺者の家》(1934),《三十九夜》(1935),《サボタージュ》(1936),ミュージックホールの人気スター,ジェシー・マシューズをヒロインにしたV.サビル監督のミュージカル《永遠の緑》(1934),《君と踊れば》(1936)などを製作,さらにJ.グリアソン(1898‐1972)に招かれてイギリスにきていたアメリカの記録映画作家R.フラハティに彼の生涯の傑作と評価されることになる《アラン》(1934)を作らせるなど,プロデューサーとしての優れた功績があった。 イギリスではサイレント末期の1920年代末からグリアソンを中心に初めは大英帝国通商局(EBM),次いで郵政省(GPO)の映画班によって積極的なドキュメンタリー映画運動が推し進められてきた。…

【極北の怪異】より

…1922年製作のアメリカ映画。ロバート・フラハティ監督。映画史上初めて〈ドキュメンタリーフィルム(記録映画)〉と名付けられた画期的な名作。…

【ドキュメンタリー映画】より

…日本では〈記録映画〉という訳語も一般化している。映画での〈ドキュメンタリー〉という呼称は,そもそもアメリカの記録映画作家ロバート・フラハティがサモア島の住民の日常生活を記録した映画《モアナ》(1926)について,イギリスの記録映画作家であり理論家であるジョン・グリアソンJohn Grierson(1898‐1972)が,1926年2月の《ニューヨーク・サン》紙上で論評したときに初めて使ったことばで,それまでは〈紀行映画travel film(travelogue)〉を指すことばだったフランス語のdocumentaireに由来している。広義には,劇映画に対して,〈事実〉を記録する〈ノンフィクション映画〉の総称で,ニュース映画,科学映画,学校教材用映画,社会教育映画,美術映画,テレビの特別報道番組,あるいはPR映画,観光映画なども含めてこの名で呼ばれるが,本来は(すなわちグリアソンの定義に基づけば),〈人間の発見と生活の調査,記録,そしてその肯定〉を目ざしたフラハティから,〈映画は生きものの仕事〉であり〈事実や人間との出会い〉であるという姿勢を貫いてカメラを対象のなかに〈同居〉させた《水俣》シリーズ(1971‐76)の土本典昭(つちもとのりあき)(1928‐ )や《三里塚》シリーズ(1968‐73)の小川紳介(1935‐92)らにつらなる方法と作品,すなわち〈実写〉とは異なる〈現実の創造的劇化〉が真の〈ドキュメンタリー〉である。…

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