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ブルゴーニュ座 ブルゴーニュざThéâtre de l'Hôtel de Bourgogne

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブルゴーニュ座
ブルゴーニュざ
Théâtre de l'Hôtel de Bourgogne

パリの劇場。 1548年受難劇協会により聖史劇上演のために創設された。 17世紀初頭にはフランス内外の巡業劇団に貸され,バルラン=ルコント,モンドリー,ベルローズらを座頭とする「王の俳優たち」が,A.アルディや J.ロトルー悲喜劇を演じ,テュリュリュパン,ゴーチェ=ガルギイユ,グロ・ギヨームトリオが笑劇で喝采を博した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ブルゴーニュざ【ブルゴーニュ座 Théâtre de l’Hôtel de Bourgogne】

正式には〈オテル・ド・ブルゴーニュ座〉という。また〈ブルゴーニュ館〉の訳語もときにあてられる。フランス最初の常設劇場で,のちにはそれに拠る劇団をも指した。現在の国立劇場コメディ・フランセーズの淵源の一部を成す。 その歴史は,パリ市内のかつてブルゴーニュ公の館があった場所を中世宗教劇の上演団体〈受難劇組合〉が買い取り,そこに1548年に新しい劇場を開設したことに始まる。聖史劇の上演禁止に伴い非宗教劇を上演していたが,客の入りが悪く,16世紀末地方劇団にこの劇場を賃貸し始めた。

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世界大百科事典内のブルゴーニュ座の言及

【演劇】より

…そこには舞台への吸収力と,舞台・客席の相互浸透という二つのベクトルがあるように思うが,ともあれヨーロッパで16世紀末に出現する一連の常設劇場の中では,エリザベス朝ロンドンのグローブ座(シェークスピアの常打ち小屋)などが,客席張出し型(張出舞台)によって中世末期の祝典劇の参加の構造を保っている。それに対して,A.パラディオ設計になるテアトロ・オリンピコ(オリンピコ劇場)やパリの最初の常設劇場であるブルゴーニュ館劇場(ブルゴーニュ座)は,すでに舞台・客席対面型の配置をとる。 これら常設劇場の出現で注目すべきことは,一方ではそれが文学戯曲の成立・完成による,言葉を中心とした演者・観客双方における新しい集中の仕方の優位と不可分であること,しかも他方では,オペラやバレエといった舞台機構の技術的洗練による大スペクタクルの実現と演劇内部へのその統合という,視聴覚両面における総合的幻想快楽の追求を可能にする事件でもあったことである。…

【フランス演劇】より

…後者はラリベーPierre de Larivey(1540ころ‐1619)の《幽霊》を生み,前者は16世紀末から17世紀初頭にかけての笑劇の活力を支えた。当時のパリの唯一の常設劇場で受難劇組合の所有だったブルゴーニュ館劇場(日本では〈ブルゴーニュ座〉と通称)の笑劇トリオ(ゴーティエ・ガルギーユGaultier‐Garguille(1572?‐1633),グロ・ギヨームGros‐Guillaume(?‐1634),チュルリュパンTurlupin(1587?‐1637))の成功や,ポン・ヌフ広場のタバラン兄弟の滑稽(こつけい)寸劇に代表される大道芸にそれはうかがえる。
【17世紀――古典主義の成立と展開】
 しかし17世紀初頭にアルディAlexandre Hardy(1570ころ‐1632ころ)がブルゴーニュ座座付作者として成功したことは,筋の展開も豊かで劇的葛藤に富む〈悲喜劇(トラジ・コメディ)〉や〈田園劇(パストラル)〉といった新しい〈戯曲の上演〉が時代の好みとなったことを示している。…

※「ブルゴーニュ座」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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