翻訳|tragicomedy
しばしば日本でもそのままトラジコメディとよばれる。悲劇的要素と喜劇的要素が入り混じってあらわれるために,伝統的な悲劇,喜劇の定義にはあてはまらない作品をいう。最初にこのいい方を使ったのは,古代ローマの劇作家プラウトゥスで,自作の《アンフィトルオ》の第50行から63行にかけて,古代ギリシア演劇以来伝統的に悲劇の主人公に定められている神々や王侯と,喜劇の主人公に定められた奴隷とがともにあらわれるため,粗野な喜劇と崇高な悲劇との混淆型が生まれると述べている。この場合は悲劇と喜劇とを主人公の身分で分ける定義から出発しているが,ルネサンス期の学者J.J.スカリゲルらは,幸福な結末に終わる悲劇を悲喜劇と定義した。17世紀のフランス古典劇でも,主人公の死に終わらぬP.コルネイユの《ル・シッド》などがそう呼ばれた。モリエールの《人間嫌い》は深刻な結末をもつ喜劇といってもいいだろう。少し前の時代のスペインのローペ・デ・ベガは,高位の人物と庶民が出会うことから起こる事件を悲喜劇と見ていた。また,W.シェークスピアの作品が,悲劇性と喜劇性を同じ作品のなかで同時に示していることはよく指摘されるが,よく観察すると,それは交互におこるのではなく,喜劇的な要因が,悲劇的な相関関係のなかに深く根をおろしており,それがコントラストの効果を生みだしているのである。
18世紀にはG.E.レッシングがその著《ハンブルク演劇論》のなかで,悲喜劇の外形的な定義だけでなく,内的な意味づけを行い,深刻さが笑いを,悲しさが喜びを,あるいはその逆が達せられた場合,悲喜劇の最高の形が得られるとしている。彼の喜劇《ミンナ・フォン・バルンヘルム》はその理想に近づいている。近代劇でもF.C.ヘッベルの《シシリアの悲劇》,H.イプセンの《野鴨》,G.ハウプトマンの《ねずみ》,F.ウェーデキントの《カイト侯爵》のような悲喜劇的な作品が出ているし,またA.チェーホフ,B.ショー,L.ピランデロ,J.B.プリーストリー,T.ワイルダーにも悲喜劇的といえる作品がある。とくにチェーホフが,《桜の園》や《かもめ》のような伝統的な分類でいえば色濃く悲劇的要素を含んだ作品の副題に,わざわざ〈喜劇〉とことわっていることは有名である。
現代では,伝統的な悲劇と喜劇という区別そのものが明確な形では存在しえなくなったといってよい。スイスの劇作家F.デュレンマットは自作《貴婦人故郷に帰る》を〈喜劇的悲劇〉と呼んでいるが,さまざまな現代のグロテスクな寓意劇(E.イヨネスコ,S.ベケット,M.フリッシュ,J.アヌイ,H.ピンターなど。〈前衛劇〉の項を参照)では,悲劇性も喜劇性もひとしく捨象されている,ということもできる。
執筆者:岩淵 達治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ただし,これらの定義が当てはまらない作品はいくつもあり,たとえばエウリピデスの悲劇のあるもののように幸福な結末をもつものや,シェークスピアの多くの悲劇のように滑稽な場面や人物を含むものがある。喜劇的要素がとくに顕著である場合,その作品は悲喜劇tragicomedyと呼ばれることがあるが,個々の作品についてそれが悲劇であるか悲喜劇であるかを区別することは,実際にはきわめて困難である。
[悲劇の成立]
悲劇という日本語は英語のtragedy,ドイツ語のTragödie,フランス語のtragédieなどの訳語として明治時代に生まれた。…
…作風は人文主義悲劇の伝統を継承するが,活発な場面の展開,力強く華やかな文体によって,バロック悲劇への推移を示す。《ブラダマント》は,悲劇から派生した新ジャンルの悲喜劇の最初の作品である。作品が創作時に実際に上演されたか疑問視されたが,最近の研究では上演されていたと推定されている。…
…ただし,これらの定義が当てはまらない作品はいくつもあり,たとえばエウリピデスの悲劇のあるもののように幸福な結末をもつものや,シェークスピアの多くの悲劇のように滑稽な場面や人物を含むものがある。喜劇的要素がとくに顕著である場合,その作品は悲喜劇tragicomedyと呼ばれることがあるが,個々の作品についてそれが悲劇であるか悲喜劇であるかを区別することは,実際にはきわめて困難である。
[悲劇の成立]
悲劇という日本語は英語のtragedy,ドイツ語のTragödie,フランス語のtragédieなどの訳語として明治時代に生まれた。…
※「悲喜劇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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