ヘルダーリン
へるだーりん
Friedrich Hölderlin
(1770―1843)
ドイツの詩人。3月20日、シュワーベン地方の聖職者(プロテスタント)の家系に生まれる。幼時父と継父を失う。早くから聖職者コースの教育を受け、1788~93年、チュービンゲン神学校(大学神学寮)で学んだ。このときヘーゲル、シェリングと親交があり、相互に影響しあった。しかし彼は牧師の職を拒み、最初はシラーの世話で家庭教師になり、詩人への道を進んだ。このころフィヒテの講義にも感激した。96~98年、フランクフルトの銀行家のもとで、教え子の母ズゼッテ(作品ではディオティーマとなる)に対する精神的な愛が、多くの詩作の契機となった。この家を去ってから1800年5月まで、友人を頼ってホンブルクにいたが、やがてまた転々と家庭教師をしながら、2年6月、ボルドーから帰郷したとき最初の異常な行動の徴候があった。それと前後してズゼッテが病死している。06年以後、精神病者として暗い後半生を送った。この期間にも50編近くの詩が残されている。
彼に対する評価は、生前も死後もそれほどではなかったが、20世紀に入ってからしだいに高まり、時代を先取りした独自の詩人として、最高級のランクを受けるようになった。作品には小説『ヒュペーリオン』(1797~99)、戯曲(劇詩)『エンペドクレスの死』(1798~99)のほか、多数の叙情詩があり、ほかに詩作に関する哲学的な論文、ギリシア文学(ソフォクレス、ピンダロス)のドイツ語訳がある。初期の詩はクロプシュトック、シラーの影響が濃く、神学校時代には「自由」「調和」など、古代ギリシアの理想を改革的な新時代の理想としてたたえた賛歌が多い。当時学生の心をとらえたのは哲学(カント、フィヒテ)、ギリシア古典、フランス革命などで、『ヒュペーリオン』の最初の計画もそこから生まれた。この小説は数度改稿ののち、ズゼッテを知ってから筆が進み、1799年、最終の形で刊行された。『エンペドクレスの死』が集中的に執筆されたのは1798~99年であるが、改稿を重ねたすえ、結局未完に終わった。この悲劇も時代との対決が鋭く出ている。自らエトナの火口に身を投げた主人公の死は、時代が要求した犠牲の死とされており、作者のキリストへの接近がみられる。中期から後期の詩は、古代ギリシアの厳格な韻律を用いたオード(頌歌(しょうか))、エレジー(悲歌)形式が多く、やがてそれに自由韻律の賛歌が加わる。これはヘルダーリンの詩の絶頂で、後期賛歌といわれる。
彼の詩は、叙情詩といってもきわめて思想性の高いもので、ハイデッガーは彼のことを称して「詩人の詩人」といった。それは詩人の使命、詩作の本質をテーマにする詩人を意味する。「乏しき時代」(神を失った時代)に神聖なものを再建することがヘルダーリンの使命であった。やさしくいえば、すべて機械化した世の中に、人間性の自然を取り戻し、自然と人為を調和させることである。
[野村一郎]
『手塚富雄・浅井真男他訳『ヘルダーリン全集』全四巻(1966~69・河出書房新社)』▽『『ヘルダーリン』上下(『手塚富雄著作集1・2』1980~81・中央公論社)』▽『U・ホイサーマン著、野村一郎訳『ヘルダーリン』第三刷(1982・理想社)』
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「ヘルダーリン」の意味・わかりやすい解説
ヘルダーリン
ドイツの詩人。学生時代ヘーゲルやシェリングを友人にもち,フランス革命に共鳴した。牧師職をきらって家庭教師となり,教え子の母ゴンタルト夫人ズゼッテ(作品中ではディオティーマ)を敬愛,一連の頌歌と小説《ヒュペーリオン》(1797年,1799年),悲劇《エンペドクレス》(1799年)を書く。ズゼッテへの愛と苦悩から1800年よりスイス,フランスへと流浪,この間,〈神なき窮乏の時代〉(ハイデッガー)における詩の任務を格調高くうたう讃歌(〈平和の祝い〉〈パトモス〉等)と悲歌(〈パンとぶどう酒〉〈帰郷〉等)の大作を書き,ギリシア悲劇の翻訳などを手がける。1802年帰郷後,精神分裂病が著しくなり,以後40年間を精神的薄明のうちにすごした。20世紀に入って声価が高まり,ドイツ最高の詩人の一人とされている。
→関連項目ピンダロス|マウルブロン修道院|ロマン主義
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ヘルダーリン
(Johann Christian Friedrich Hölderlin ヨハン=クリスチャン=フリードリヒ━) ドイツの詩人。自然と人間の和合する世界を地上に招来することを詩人の使命として、抒情的な作品を書いた。書簡体小説「ヒュペーリオン」、劇詩「エンペドクレスの死」などがある。(一七七〇‐一八四三)
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ヘルダーリン
Friedrich Hölderlin
1770〜1843
ドイツのロマン主義詩人
ヘーゲル・シェリングと親交をもち,シラーに傾倒。叙情詩に天才的なひらめきを示した。32歳で発狂,以後ふるわず。代表作『ヒュペーリオン』。
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デジタル大辞泉
「ヘルダーリン」の意味・読み・例文・類語
ヘルダーリン(Johann Christian Friedrich Hölderlin)
[1770~1843]ドイツの詩人。古代ギリシャ的な美と調和を理想とし、格調高い多くの叙情詩を作った。ほかに小説「ヒュペーリオン」など。
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ヘルダーリン【Friedrich Hölderlin】
1770‐1843
ドイツの詩人。自然の美しいシュワーベン地方のネッカー河畔の町ラウフェンに,修道院執事の長男として生まれた。2歳で父と死別し,母の再婚による義父とも9歳で死別。もっぱら自然を友として育った。母の希望で牧師になるため,修道院学校を経てチュービンゲン大学神学部に進学(1788)。親しい学友にヘーゲルとシェリングがおり,共に古代ギリシアの全一的世界に憧れ,カントの批判哲学に啓発され,フランス革命に共鳴した。
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世界大百科事典内のヘルダーリンの言及
【精神分裂病】より
…現存在分析を創始したスイスの精神医学者ビンスワンガーの主著で,1957年に単行本の形で刊行された。5例の精神分裂病のくわしい症例研究からなるが,30年代に著者が独自の人間学的方法を確立したのち,数十年にわたる臨床活動の総決算として44年から53年にかけて集成したもの。ここでは,分裂病は人間存在に異質な病態としてではなく,人間から人間へ,現存在から現存在への自由な交わりをとおして現れる特有な世界内のあり方として記述される。…
【ヒュペーリオン】より
…ヘルダーリンの著した唯一の小説(第1巻1797,第2巻1799)。18世紀のギリシア青年ヒュペーリオンが,師との出会いと友との交わりを通じて,古代ギリシアの全一的生への憧憬を強め,と同時に堕落した現代への怒りと改革への熱情をもやす。…
※「ヘルダーリン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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