翻訳|Hyperion
ドイツの詩人ヘルダーリンの書簡体小説。悲歌的な哀切な響きのなかに深い思想をたたえ、最後は生の賛歌に終わる。時代批判の書でもある。最初の計画(1792)ののち改作を重ね、第一部1797年、第二部1799年刊。主人公ヒュペーリオンは祖国ギリシアをトルコの圧制から救おうとして失敗し、追及の手を逃れて隠れ住んでいる。彼は友人にその過去を物語る。安らかな幼時、師の導きを受けた少年時代、アラバンダと理想国家を語り合った青年時代、ディオティーマへの恋、祖国解放のための行動。彼の人生はしだいにその輪を広げたが、最後はすべてを失ったようにみえる。しかしディオティーマは彼に詩人としての将来を予言して死ぬ。そうした自分の成長の跡を順次知らせていく手紙のなかには、過去の体験から生まれた思想と、手紙を書いているそのときの感情も織り込まれ、一見単純な筋立てでも、その構成は複雑である。美は同時に神聖なものであり、根底では真理と一つのものと考えられた。それが生きた姿となって現れたのがディオティーマであり、荒廃した現代にそのような美を回復し、それを示すことが詩人の使命であった。
[野村一郎]
『野村一郎訳『ヒュペーリオン』(『世界文学全集20』所収・1977・講談社)』▽『『ヒュペーリオン』(渡辺格司訳・岩波文庫/吹田順助訳・新潮文庫)』
ヘルダーリンの著した唯一の小説(第1巻1797,第2巻1799)。18世紀のギリシア青年ヒュペーリオンが,師との出会いと友との交わりを通じて,古代ギリシアの全一的生への憧憬を強め,と同時に堕落した現代への怒りと改革への熱情をもやす。やがて,その美しい生を具現する恋人ディオティーマのもとに安らぎを得るが,個人的幸福に安住できずに祖国解放の戦争に身を投じ,しかし結局は挫折し,すべてを融和させる大自然の懐に戻ってゆく。その経過が,隠者の境地に達した主人公の回想として,ドイツの友あての数十通の書簡の形で物語られる。一種の教養小説。感傷的古代思慕とする見方もあったが,作者の鋭い現実認識と祖国救済への熱い思いが根底にあり,彼のフランス革命体験とズゼッテ体験(いわゆるディオティーマ体験)とが色濃く投影されている。全編を貫く格調高く哀調を帯びた抒情性と音楽性は,この作品の独特の魅力となっている。
執筆者:宮原 朗
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…ゲーテの《ウィルヘルム・マイスター》(〈修業時代〉1796,〈遍歴時代〉1829)は教養小説の典型だとされているが,〈修業時代〉において主人公ウィルヘルムを自己形成へと導く〈塔の結社〉の人々は,〈遍歴時代〉の結末においては,理想の共同体を実現するために,ヨーロッパを離れて新世界(アメリカ)へ旅立つ。また,ヘルダーリンの《ヒュペーリオン》(1797,99)の主人公は,自由な個人の存在を可能にする理想の国家の実現をめざしてギリシア独立戦争に参加しながら,戦争の現実に絶望して隠者となり,自然の美しさのなかにわずかな慰めを見いだす。また,ノバーリスの《ハインリヒ・フォン・オフターディンゲン》(1802,邦訳名《青い花》)は〈期待〉と〈実現〉の二つの部分からなるが,〈実現〉は未完のままで終わっている。…
※「ヒュペーリオン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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