ベラ(読み)べら(英語表記)Lawrence Peter Berra

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ベラ(Lawrence Peter Berra)
べら
Lawrence Peter Berra
(1925―2015)

アメリカのプロ野球選手(右投左打)。通称ヨギ・ベラYogi Berra。大リーグ(メジャー・リーグ)のニューヨーク・ヤンキースニューヨーク・メッツで捕手としてプレー。悪球打ちと、ここ一番の勝負どころでの強打でニューヨーク・ファンに愛された選手である。1964年からはヤンキース、メッツで監督も務めた。
 5月12日、ミズーリ州セントルイスで生まれる。1943年、ヤンキースに入団。1944年から2年間は兵役についた。1946年に大リーグ初昇格。翌1947年には準レギュラーとなり、83試合の出場でホームラン11本を放ち、ワールド・シリーズ優勝に貢献した。1949年からチームはワールド・シリーズで5連覇したが、その間、1951年には無冠ながら勝負強さを発揮して最優秀選手(MVP)に選ばれた。1953年から4年連続して打点100以上をマークし、1954年と1955年にまたも無冠ながらMVPを獲得した。ブルックリン・ドジャース(現ロサンゼルス・ドジャース)とのワールド・シリーズに出場した1956年は、第5戦でのドン・ラーセン投手によるシリーズ史上初の完全試合をリードした。ホームラン22本は打ったものの、捕手よりも外野での出場の方が多くなった1961年あたりから衰えがみえはじめ、1963年限りで現役を引退。1964年はヤンキースで監督に就任したが、1年で解任となった。1965年には新興球団のメッツで現役復帰して、4試合だけ出場。これを最後に引退した。1972年にメッツの監督に就任し、1973年にはリーグ優勝したが、1975年のシーズン途中に解任された。1984年にふたたびヤンキース監督に就任。しかし翌1985年、16試合を過ぎたところで解任となった。1999年からは同年3月に死去したジョー・ディマジオの後がまとして開幕戦の始球式を行うなど、名門ヤンキースの象徴となっていた。
 選手としての実働19年間の通算成績は、出場試合2120、安打2150、打率2割8分5厘、本塁打358、打点1430。獲得したおもなタイトルは、MVP3回。監督としての通算成績(7年)は、484勝444敗、リーグ優勝2回。1972年に野球殿堂入り。[山下 健]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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