宗教的行為や宗教制度などの宗教的現象を社会学的方法論を用いて説明しようとする学問。学問の分野としては,宗教学と社会学の境界領域,文化人類学,社会人類学,社会心理学ととくに関係があり,宗教史,思想史,民族学,民俗学,心理学,人文地理学とも関連する。宗教社会学は,19世紀後半に西ヨーロッパで成立した。そこには近代社会におけるキリスト教の位置と価値に対する再検討の必要性や,キリスト教以外の宗教への新しい認識の必要性に迫られたという背景がある。
宗教社会学に先駆をなしたのは,宗教の役割は時代を超越した永続性をもつものではないことを指摘したA.コントと,宗教の成立と発展は生産力と生産関係の弁証法的関係に規制されていることを説いたK.マルクスである。しかし,宗教社会学固有の立場を確立したのは,宗教が本質的に社会的性格に規制されていることを,ヨーロッパ精神の基礎をなした地域(古代ギリシア・ローマとイスラエル)を対象に,資料によって示したN.D.フュステル・ド・クーランジュとスミスWilliam R.Smithである。スミスはアラビア調査旅行の体験を踏まえて聖書文献学を行った(《セム族の宗教》1889)。
É.デュルケームとM.ウェーバーは宗教社会学を確立した。両者は同時代に活躍したにもかかわらず,相互の交渉,影響は見当たらない。しかし人間の宗教行動の位置づけの問題において,実証主義,功利主義のもつ欠陥を克服しようとした点で共通している。デュルケームの宗教理論は《宗教生活の原初形態》(1912)に集約されている。彼は聖と俗の問題に注目した。聖と俗は人間の態度として分かれ,俗に対しては功利的な態度で,聖には道徳的義務,至上命令として臨むという。聖なるものは個人表象の次元では解釈できず,個人にとって外在し,所与のものとして受け取られる。したがって,聖の根源は夢や死についての個人的経験や自然に対する恐怖と感謝とにあるのではなく,〈社会〉にあるとした。また,儀礼は社会の連帯感の強化という潜在的目的にその役割があるとして,宗教の機能主義的研究に道を開いた。
ウェーバーの関心は近代ヨーロッパ精神の形成における宗教の役割にあった。彼の比較宗教社会学はピューリタンの経済倫理の研究から,古代ユダヤ教,ヒンドゥー教,ジャイナ教,仏教,儒教,道教にいたる。一般理論としては,社会階層が宗教選択の決定要因になるという研究や,社会行動の類型として,伝統的,感情的,目的合理的のほかに価値合理的をあげ,人間行動の構成要素に,芸術,宗教的行動のカテゴリーを設けて,状況に対する〈主体的な意味づけ〉の問題を導入し,宗教思想が行動において果たす役割についての科学的研究の糸口を切り開いた。
その後1920年代から40年代にかけて,宗教社会学は一時停滞していたが,第2次大戦後,アメリカで,従来の調査,統計を主とする研究の伝統に加えて,デュルケーム,ウェーバーの理論の摂取が盛んになった。T.パーソンズは,宗教行動を合理的行動とは別の次元で独立している非合理的行動の一つととらえたうえで,ウェーバーの行動の動機づけとなる宗教思想のとらえ方と,デュルケームの社会統合を果たす宗教の機能分析を接合しようとした。そして,社会変動において意味づける宗教の貢献度を高く評価し,近代社会における〈世俗化〉は,宗教の衰退ではなく,宗教が他の社会制度から分化し,より純粋になったものとしてとらえた。そのほかにはR.K.マートン,R.N.ベラー,C.ギアツなどの研究者がいる。また,ヨーロッパではキリスト教信仰の存続についての危機意識から,宗教社会学への関心は強くなった。とくにカトリック教団が,世俗化,非宗教化を社会現象としてとらえる方向に積極的で,宗教信仰の強弱の地域・階層的分布の調査などを行っている。また,ほかにA.シュッツ,P.バーガーらに代表される現象学的宗教社会学の流派もある。
執筆者:柳川 啓一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
一般に宗教現象を社会学的視角から研究する特殊社会学の一部門とされているが、理論上、宗教の社会学的解明は社会統合を理解するうえで中心的な位置を与えられている。宗教と社会構造の関連に関する初期の優れた実証研究にはフュステル・ド・クーランジュの『古代都市』(1864)やW・R・スミスの『セム族の宗教』(1889)があるが、宗教社会学の基礎を築いたのは、フランスのE・デュルケームとドイツのM・ウェーバーという社会学の巨匠である。
両者は研究の視角や方法においてかなり異なっているが、非合理的要素よりも合理的要素を社会の統合原理とする傾向の強かった当時の一般思潮のなかで、非合理的要素(宗教)を社会統合の重要な基礎としての意味をもつものであると指摘した点で一致している。この点について、デュルケームは『宗教生活の原初形態』(1912)の分析によって明らかにしている。彼の研究は後の人類学の宗教研究の展開に大きな影響を与えた。とくにイギリスのA・R・ラドクリフ・ブラウンやB・マリノフスキーなどによる宗教の社会的連帯強化の機能や宗教の日常生活における機能の研究の基礎となった。ウェーバーは、西欧における近代資本主義の発生が新しい価値観(エートス)の形成によるものであり、この価値観の樹立に非合理的要素としての宗教が、その基盤として関与していることを『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1904~05)の研究によって解明した。彼はこの問題を比較社会学的な『世界宗教と経済倫理』(1915~20)の研究に展開させ、宗教社会学に必要な多くの視点や概念を明確にした。こうした研究は、伝統社会の近代化と宗教との関係を解明しようとする近年の諸研究のモデルとなった。アメリカのR・N・ベラーによる『日本近代化と宗教倫理』(1957)の研究も、その一例である。
デュルケームとウェーバーの視点は、近年さらに広い視野から再評価され、アメリカのT・パーソンズは、社会生活を内面的に支える価値観を意味のうえで根拠づけるものとして宗教を位置づけ、現象学的社会学の影響を受けているP・L・バーガーやT・ルックマンは、社会秩序を究極的に意味づける宗教の役割解明を試みている。またドイツ社会学の流れをくむE・トレルチやJ・ワッハによる宗教集団の類型の研究もある。とくに後者による自然集団(家族、村落、民族)と宗教集団が一致している合致的宗教集団や開祖による創唱的特殊宗教集団の区分は、宗教集団類型の基準となっている。このほか、宗教と社会の関係解明のために多角的に多方面にわたる研究が行われている。このような諸研究は理論や方法のうえで、いまだ十分に整理されてはいないが、今日では宗教の社会学的研究は、社会の存続と発展の基本的性質の理解を深めるのに重要な意味をもつとの観点から盛んに行われている。
[口羽益生]
『M・ウェーバー著、武藤一雄・薗田宗人・薗田坦訳『宗教社会学』(1976・創文社)』▽『T・オディ著、宗像巌訳『現代社会学入門5 宗教社会学』(1968・至誠堂)』▽『P・L・バーガー著、薗田稔訳『聖なる天蓋――神聖世界の社会学』(1979・新曜社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…また宗教の比較は当然のこと宗教の歴史への関心を内包しており,そこから歴史学や考古学の成果をとり入れた宗教史学の立場(たとえばC.P.ティーレ,N.ゼーデルブロム)が追求されることになった。他方,19世紀にいたり社会学や心理学が新たに勃興すると,それが宗教研究にも刺激を与え宗教社会学(たとえばM.ウェーバー,É.デュルケーム)や宗教心理学(たとえばE.D.スターバック)の研究分野がひらかれた。またとくに近代にいたり,世界各地の植民地において数多くの未開宗教に関する調査資料が集められるようになると,そこから民族学=人類学(たとえばJ.G.フレーザー)の方法による部族宗教の研究(宗教人類学)が盛んになった。…
…とくにその自殺研究はデータとしてヨーロッパ各国の自殺統計を大規模に用いており,この種の経験的社会学研究の古典として今日なお高く評価されている。また,晩年の一大業績である宗教研究は,宗教がすぐれて社会的事象であることをアボリジニーのトーテミズムに即して明らかにしたもので,その後の宗教社会学の発展に大きな寄与をなした。 しかし,デュルケームの諸研究が単に方法的関心ばかりでなく,時代の投げかけてくる課題にこたえようとする実践的関心にもみちびかれていたことは見逃されてはならない。…
※「宗教社会学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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