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ボスコビッチ ボスコビッチBoscovich, Ruggero Giuseppe

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボスコビッチ
Boscovich, Ruggero Giuseppe

[生]1711.5.18. ダルマチア,ラグーサ
[没]1787.2.13. ミラノ
イタリアの天文学者,数学者,自然哲学者。イエズス会士。ローマのコレギウム・ロマーヌムで数学と物理学を学ぶ。1740年,同コレギウムの数学教授。1764年パビア大学数学教授。ミラノ天文台台長。イタリアでイエズス会士が迫害されるようになり,1773年フランス王の招きでパリに移住,海軍に奉職。1783年イタリアに戻る。天文学では,3点における観測値から惑星の赤道面,軌道を決定するのに初めて幾何学的方法を与え,また 1769年,金星観測のためのカリフォルニア遠征隊を指揮。測地学でも先駆的役割を果たし,特に地球の形と大きさに強い関心をもって,1750年,みずから子午線測量を行なった (ローマ―リミニ間) 。ニュートンの万有引力概念を独自に発展させ,交互的に広がる引力・斥力の場に物質粒子を還元して諸現象を説明しようとした。この考えはジョセフ・プリーストリーらの物質論,マイケル・ファラデーの力線概念の形成に大きな影響を与えた。光学,天文学,重力の問題,気象学,三角法など多岐にわたる 70に及ぶ論文を発表した。主著『自然哲学の理論』Theoria philosophiae naturalis (1758) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボスコビッチ
ぼすこびっち
Rudjer Josif Bokovi
(1711―1787)

クロアチア出身のイタリアの自然哲学者、天文学者。イエズス会に入り、1725年からローマ学院で学ぶ。卒業後、1740年から同校で数学を教えた。ヨーロッパ各地を回り(1759~1763)、帰国後、パビア大学数学教授となり、同時にミラノ近郊のブレラ天文台の設立指導にあたったが、1772年その職を解かれ、また大学の職も辞した。1773年教皇のイエズス会解散により、フランスに移り、海軍の光学監督官になるが、1782年イタリアに戻った。天文学・測地学における測定や誤差、および光学、観測装置に関して貢献。彗星(すいせい)の軌道決定法でも知られる。主著『自然哲学の理論』(1758)で、慣性と相互作用という性質のみをもつ非物質的中心点による力の普遍的法則を主張して大きな影響を与えた。[高田紀代志]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

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