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自然哲学 しぜんてつがくphysica; philosophia naturalis

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

自然哲学
しぜんてつがく
physica; philosophia naturalis

philosophia naturalisの語を初めて用いたのはセネカであるが,古代から近世にいたるまではほとんど自然学と呼ばれ自然的考察と一体となった自然の形而上学であった。近世以後 physicsが物理学となるにつれて,諸自然科学の原理学として自然を統一的に扱う自然哲学が構想されるようになった。一般的には自然科学に対してその成果を利用しつつそれを基礎づけるという関係にたつ。自然科学的思索は哲学とともに古い。すなわちイオニア学派において哲学は世界原理を問うという形の存在論であったし,ピタゴラス学派は数の象徴的解釈によって宇宙の構造を解明しようとした。デモクリトスやエピクロス学派の原子論はローマ期のルクレチウスにも反映されている。ストア学派も独自の汎神論的自然学を展開した。体系的自然学の確立者はアリストテレスである。彼にあって形而上学,数学とともに理論的学問の一つをなす自然学は,生成の場にある存在者を対象とするものであった。また彼は多くの動物学的研究を残し,後継者テオフラテスは植物学の業績を残した。中世の自然学はプラトンの影響を受けつつもアリストテレスのそれを根幹として展開し,この間アラビアで発達した自然科学が 13世紀に西欧世界に伝わり,大アルベルトゥスを先駆的存在とし,小アルベルトゥス,R.ベーコン,オレーム,バースのアデラルドゥス,ウィテロ,オッカム派の自然科学的探究を呼んだ。反面神秘主義的傾向のもとでは自然を通して神にいたることが求められた。ルネサンスではパラケルスス,ブルーノらの物活論的自然学が盛んであったが,近世にかけてレオナルド,ケプラー,コペルニクス,ガリレイ,デカルト,F.ベーコン,ニュートンらの機械論が圧倒的となり,現代自然科学への道が開けた。 18世紀に思弁的自然学と経験的自然学の区別がいわれたのは自然哲学と自然科学の分裂状況を反映している。自然哲学はヘルダー,シェリング,ヘーゲルを頂点に思弁性を強めていくが,自然科学の発達とともにその差が大きくなり,その有機的自然観自体もダーウィンらの進化論の前に権威を失っていった。しかし現代では自然科学の基礎づけが科学哲学の性格をとる反面,新生気論や生の哲学の延長上に自然の有機的な特性への再評価が各方面で興りつつある。代表者としてドリーシュ,ベルクソン,バシュラール,テイヤール・ド・シャルダンらがいる。

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デジタル大辞泉の解説

しぜん‐てつがく【自然哲学】

一般に、自然を総合的、統一的に解釈し、説明しようとする哲学をいう。哲学は古代ギリシャでこのような自然の原理的探究として誕生した。近代以降では、自然科学を成り立たせる根本概念や前提について存在論的、認識論的に考察する部門をさすこともある。

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世界大百科事典 第2版の解説

しぜんてつがく【自然哲学 philosophy of nature】

自然的世界の原理的反省を課題とする哲学の一分野。〈自然哲学philosophia natu‐ralis〉という言葉はセネカに始まるが,起源はソクラテス以前の自然学者たちによる自然(フュシス)の原理探究にさかのぼる。アリストテレスは運動する存在者に関する自然学を第二哲学と呼び,運動の起因者としての神の探究はこれを第一哲学(形而上学)にゆだねた。ストア学派以来,自然学は論理学倫理学とともに哲学の主流であり,中世ではキリスト教の教義とともに創造神による被造物の全体が自然と解される。

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大辞林 第三版の解説

しぜんてつがく【自然哲学】

広く自然の事物や現象についての体系的理解および理論的考察の総称。主として、古代ギリシャ、イオニア学派の万物の根元を求める哲学や、近代では自然科学とは区別された、思弁的・哲学的な原理による自然の全体的・統一的な考察をいう(シェリング・ヘーゲルなど)。近代科学成立以前は自然科学をも包括する呼称として用いられた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

自然哲学
しぜんてつがく
philosophy of nature英語
Naturphilosophieドイツ語
philosophie de la natureフランス語

自然界についての理論的・哲学的学説を一般的にさすが、主として近代自然科学成立以前のものについていわれる。自然学physica(ギリシア語)ともいう。[横山輝雄]

自然哲学の成立

人類誕生以来、自然界について経験的にいろいろなことが知られてきたが、古代文明の成立とともに、それらは知的な一貫した説明体系のなかに組み込まれた。当初それらは宇宙創成物語等の神話的・文学的形態をとっていたが、それを批判的・論理的に検討し、自然界の説明から擬人的・物語的要素を排除して理論的・体系的な説明が与えられるようになって、自然哲学が成立する。
 古代ギリシアにおいて、タレスに始まる自然哲学者たちは、宇宙の構成元素についてさまざまな学説を提出し、それらは、土、水、空気、火の四大元素説へとまとめられた。自然は全体として有機的・生命的なものとして把握され、目的論的な見方によって統一的に理解された。アリストテレスによって完成されたこうした自然哲学においては、天動説が採用され、地球は宇宙の中心にあるとされた。あらゆる自然物は、その本性を実現する過程にあるとされ、生物にとっては親になること、煙にとっては上方へ移動すること、水にとっては下方へ移動することがその本性の実現であるとされた。このような自然哲学は、アリストテレスの学説がイスラム世界や中世ヨーロッパ世界に伝えられ、そこで広く受容されたため、それらの地域でも近代科学以前の支配的自然哲学となった。古代ギリシアには、原子論を説く機械論的な自然哲学も存在したが、それは無神論であり、宗教を否定するものであるとみなされ、一般には広がらなかった。
 古代インドや中国も、それぞれ独自の自然哲学を発達させた。インドでもギリシアと同様に、宇宙の構成元素についてのいろいろな学説が提出され、また原子論的な学説も現れた。中国では原子論的な学説はほとんどみられず、有機的自然観が主流であった。陰陽五行説によって自然界の生成を説明し、理と気によって万物の構成を理解しようとした。こうした中国の自然哲学は日本にも伝わり、江戸時代の三浦梅園は独自の自然哲学の体系をつくりあげた。[横山輝雄]

近代科学と自然哲学

17世紀以降ヨーロッパで近代科学が展開されると、それ以前の伝統的自然哲学は、実験的・実証的根拠をもたない思弁であるとして否定されるようになり、自然哲学ということばもあまり使われなくなった。近代科学は、原子論的・機械論的な自然観をとっており、そのため19世紀前半のドイツを中心に、シェリングらによってそれに反対して有機的自然観が主張された。その学説がとくに自然哲学とよばれることもある。[横山輝雄]
『コリングウッド著、平林康之・大沼忠弘訳『自然の観念』(1974・みすず書房) ▽伊東俊太郎著『文明における科学』(1976・勁草書房) ▽藪内清著『中国の科学文明』(岩波新書) ▽辻哲夫著『日本の科学思想』(中公新書)』

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