コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ボロンツォフ Vorontsov, Aleksandr Romanovich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボロンツォフ
Vorontsov, Aleksandr Romanovich

[生]1741.9.15.
[没]1805.12.14.
ロシアの政治家。外交官としてイギリス,オランダに在勤。帰国後,エカテリーナ2世 (大帝) の外交顧問のかたわら,商相をつとめ,フランスとの通商交渉に努力したが,フランス革命が勃発して水泡に帰した。 1802~04年宰相。ナポレオン1世との断交を行い,フランスに対抗するためイギリスと結んだ。

ボロンツォフ
Vorontsov, Mikhail Semënovich

[生]1782.5.30.
[没]1856.11.18. オデッサ
ロシアの政治家,軍人,元帥。 1806~14年にかけてナポレオン軍との戦いに活躍。 23~44年ノボロシアおよびベッサラビアの総督として,この地方の農業問題の改善に努めた。 44~54年コーカサス (カフカス) 地方総督。穏健な自由主義的官僚として,行政的手腕を発揮した。

ボロンツォフ
Vorontsov, Vasilii Pavlovich

[生]1847
[没]1918.12.
ロシアの経済学者。ペンネームの V.V.で知られる。 1870年代にナロードニキの秘密結社「チャイコフスキー団」に近づき,80年代初めから合法誌に人民主義の立場から多くの経済論文を発表した。ロシアにおいては,資本主義の発達は望ましいことでも,可能なことでもないと主張し,P.B.ストルーベ,G.V.プレハーノフ,レーニンらと論争を行なった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ボロンツォフ【Vasilii Pavlovich Vorontsov】

1847‐1918
ロシアの思想家。筆名V.V.(ベーベー)。外科医で各地のゼムストボ(地方自治会)に勤務,農民経済の実態を調査して,《ロシアにおける資本主義の運命》(1882)を刊行した。この書物は合法的ナロードニキのロシア資本主義没落論の代表作である。当時の外国市場は優勢な欧米資本主義によって占められていて,ロシア資本主義の進出の余地がなく,一方,国内市場をみると,資本主義が農民経済を荒廃させるために農民の購買力は貧弱である。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のボロンツォフの言及

【ナロードニキ】より

… 以後,革命派は深刻な思想上・路線上の動揺を経験する。その中で,新しいロシア資本主義論がボロンツォフによって打ち出された。《ロシアにおける資本主義の運命》(1882)の中で,彼は,後進国ロシアは先進国との競争により輸出市場をもたず,他方,先進国から進んだ技術を一挙に導入するため,労働力需要を拡大できないので,資本主義発展は頭打ちとなり,共同体も破壊されないと主張した。…

※「ボロンツォフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

ボロンツォフの関連キーワードボロンツォフ宮殿アループカ宮殿エカテリーナペンネームダーシコワオランダクレル鉱北槎聞略外交官在勤

今日のキーワード

だまし面接

企業が面談や懇談会と称して就職活動中の学生を呼び出し、実質的には学生を選考する偽装面接のこと。2016年卒業の大学生に対する選考活動の開始時期を、従来の4月1日から8月1日以降へと後ろ倒しする主旨の「...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android