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ポモジェ

百科事典マイペディアの解説

ポモジェ

バルト海沿岸,ドイツポーランドにまたがる地方。ドイツ名はポンメルンPommern,英語名はポメラニアPomerania。歴史的にポーランドとドイツの領土争いの場であった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ポモジェ【Pomorze】

ポーランド北西部,バルト海沿岸地方の名称。ポモジェはポーランド語で〈沿岸部〉を意味し,英語でポメラニアPomerania,ドイツ語でポンメルンPommernという。ポモジェ地方はポーランドとプロイセンの勢力が複雑にかかわりあった歴史をもつが,1945年のポツダム会談でその大部分がポーランド領となった。現在の行政区分ではシュチェチンコシャリンスウプスクグダンスク,エルブロンクの5県にほぼ相当する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ポモジェ
ぽもじぇ
Pomorze

北東ヨーロッパ、バルト海沿岸部の歴史的地域ポメラニアのポーランド語名。[編集部]

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世界大百科事典内のポモジェの言及

【プロイセン】より

…騎士修道会は,およそ半世紀に及ぶ激しい戦闘を通じて,83年までにプロイセンの征服をなしとげ,皇帝・教皇の支持のもとで,帝国諸侯のそれに匹敵する強力な領邦主権をこの地にうち立てた。そのころ,ワイクセル川とポンメルンPommern(ポモジェ)の中間地域(ポメレレンPomerellen)には,ダンチヒを中心にスラブ人の一公国が形成されていたが,ドイツ騎士修道会は14世紀初頭これをも征服し,西プロイセンに領土を拡大した。かかる領邦形成の過程で,騎士修道会はクルム,トルン,ケーニヒスベルク(現,カリーニングラード)をはじめ多くの都市を建設し,また計画的にドイツ人農民の入植を行わせ(東方植民),ハンザ商業圏と結びつく穀物輸出を通じて経済的にも大いに繁栄し,14世紀にその勢力は絶頂に達する。…

※「ポモジェ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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