ポンディシェリー(英語表記)Pondicherry

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ポンディシェリー
Pondicherry

インド南部,ポンディシェリー連邦直轄地の行政庁所在地。チェンナイ (マドラス) 南南西約 135km,ベンガル湾にのぞみ,周辺地域とともに直轄地のポンディシェリー地区を形成。 1674年フランスが占領香料貿易の拠点とした。その後,フランス,オランダ,イギリスの間で争奪が繰返され,たびたびイギリス軍の手に落ちたが,1816年以来フランス領となり,植民地政庁がおかれ,1954年他のフランス領地域とともにインドに返還された。港は大型船が接岸できないため次第に衰微したが,ラッカセイ,綿製品などを輸出マドラス大学の医学,教育,芸術の各カレッジをはじめ,多くの教育・研究機関やフランス風の建物があり,文化の一中心をなしている。人口 20万 2648 (1991) 。

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デジタル大辞泉の解説

ポンディシェリー(Pondicherry)

インド南東部の港湾都市チェンナイの南約150キロメートル、ベンガル湾に面する政府直轄地。1672年にフランス領となり、1954年にインドに併合。旧市街は城壁に囲まれ、フランス人居住区やキリスト教の教会がある。また、宗教思想家オーロビンドアーシュラム(修道場)を開いた地としても知られる。ポンディチェリー。プドゥチェリー

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百科事典マイペディアの解説

ポンディシェリー

インド南東部,ベンガル湾に面するコロマンデル海岸の港湾都市。同海岸のカーライカール,ゴーダバーリー川河口のヤーナム,アラビア海に面するマラバール海岸のマーヒーの旧フランス領植民地と連邦政府のポンディシェリー直轄地を構成する。米,サトウキビ,油料種子を主産。綿工業も行われる。前1―後2世紀にはローマ帝国との交易拠点。17―18世紀フランスが領有,旧フランス領インドの主都。1954年インドに返還。479km2。124万7953人(2011)。
→関連項目デュプレックス

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世界大百科事典 第2版の解説

ポンディシェリー【Pondicherry】

インド南東部,コロマンデル海岸に面する旧フランス領インドの主都。地名は現地名のプドゥッチェリーPuduchcheriに由来し,〈新しい村〉の。人口20万3000(1991),大都市域人口40万1000(1991)。マドラスの南南西約150kmにあり,タミル・ナードゥ州の南アルコット県に囲まれているが,連邦直轄領に属する。連邦直轄領としてのポンディシェリーは,コロマンデル海岸では同市のほか,南方約70kmのカーベーリ河口部のカーライカールKaraikal,アーンドラ・プラデーシュ州内東端部にあるヤーナムYanam,またマラバル海岸ではケーララ州内北部のマーヒーMaheの計四つの飛地状の旧フランス領港市からなり,合わせて面積480km2,人口81万(1991)となっている。

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精選版 日本国語大辞典の解説

ポンディシェリー

(Pondicherry) インド南部、チェンナイ(旧マドラス)南方の東海岸に臨む港湾都市。また、その周辺を含む中央政府直轄地区。旧フランス領インドの主都で、一九五四年インドに併合された。

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