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ミルラン ミルラン Millerand, Alexandre

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ミルラン
ミルラン
Millerand, Alexandre

[生]1859.2.10. パリ
[没]1943.4.7. ベルサイユ
フランスの政治家。 1885年急進党から出馬して下院議員に当選し,のち社会党に移ってその党首となり,社会主義政党の統一を呼びかけた。 99年6月 P.バルデック=ルソー内閣の商相に就任したが,非社会主義政権への入閣であったため社会党内は分裂。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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百科事典マイペディアの解説

ミルラン

フランスの政治家。初め社会党員で下院で活躍。ジャーナリストとしても活躍し,ジョレスらと活動。1899年保守的なワルデック・ルソー内閣の商相となり左派勢力に分裂をもたらした。

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世界大百科事典 第2版の解説

ミルラン【Alexandre Millerand】

1859‐1943
フランスの政治家。1884年に急進派としてパリ市会議員に当選,翌年下院議員になる。有能な弁護士として労働運動指導者の弁護で名をあげ,ジャーナリストとしても活躍した。《プチト・レピュブリック》紙の編集長として1890年代には社会主義諸派統一に腐心し,ジョレスら独立派社会主義議員と行動を共にした。ドレフュス事件による政治危機下に99年,ワルデック・ルソー内閣に商工相として入閣,社会主義陣営を入閣支持派と反対派に分裂させる因をつくった。

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大辞林 第三版の解説

ミルラン【Alexandre Millerand】

1859~1943) フランスの政治家。改良主義的社会主義の理論家として活躍。第一次大戦初期に陸相を務め、1920年大統領に就任。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ミルラン
みるらん
Alexandre Millerand
(1859―1943)

フランスの政治家。弁護士からパリ市会議員を経て、1885年に急進派の下院議員となる。労働運動の支援を通じてしだいに社会主義陣営に接近、1893年には独立派系社会主義者として再選された。左翼諸潮流に開かれた『小共和国』紙を主宰して論陣を張り、1896年には、「選挙を通じた平和的社会主義革命」を唱えるサン・マンデ共同綱領を推進し、ジョレスらとともに社会主義諸派の統一を呼びかけた。しかし、1899年にはドレフュス事件収拾のためのワルデック・ルソー内閣に通産相として入閣したため、かえって社会主義陣営を入閣支持派(ジョレス派)と反対派(ゲード派)とに分裂せしめることとなった。同内閣では、労働時間削減や社会保険など労働者保護立法に取り組んだが、サンジカリストやゲード派の強い反発を受けてしだいに社会主義陣営から離れ、1905年統一社会党の結成にも参加しなかった。その後、公共事業相(1909~1910)として鉄道ゼネストを厳しく弾圧、また国防相在任中(1912~1913、1914~1915)にはナショナリストの立場を一段と強めた。第一次世界大戦後は、右派の「ブロックナショナル」のリーダー一人としてアルザス・ロレーヌ全権特使(1919)、首相兼外相(1920)を歴任。1920年9月、大統領に就任。ポーランド介入やルール占領(1923)を推進するなど、対外強硬姿勢を貫いた。だが、1924年の総選挙で「左翼連合」に敗れて大統領辞任を余儀なくされた。以後は上院議員(1925~1940)を務めたのち、第一線を退いた。[谷川 稔]
『中木康夫著『フランス政治史 上・中』(1975・未来社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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