改訂新版 世界大百科事典 「ゴーシュ」の意味・わかりやすい解説
ゴーシュ
Aurobindo Gosh
生没年:1872-1950
インドの思想家。ベンガルの医者の子として生まれ,7歳から大学卒業のときまでイギリスで教育を受けた。帰国後,ラーマクリシュナなどに傾倒,サンスクリット語を学び,ウパニシャッドや《バガバッドギーター》を読むようになった。カーゾン総督のベンガル分割法案に反対する全インド的な民族運動に身を投じ(1906),兄ラームゴーパール・ゴーシュやティラクらとともに国民会議派の過激派を指導,《ユガンタルYugantar》紙を主宰,1908年に逮捕され,翌年出獄してからは政治から遠ざかり,38歳で妻を捨て,南インドのポンディシェリーに隠棲,修道院を建設し,ヨーガの実習,指導を行うかたわら,主著《神的生活The Life Divine》をはじめとする膨大な著作を残した。
彼は西洋思想を鋭く批判したが,インドの伝統をそのまま踏襲したわけではない。むしろ,西洋思想をも包括するようなかたちで,インドのさまざまな伝統的宗教思想を,ヨーガの実習というみずからの体験をフィルターにして批判的に取捨統合した。とはいえ,彼の思想の骨格は,あくまでも不二一元論的ベーダーンタ学派の伝統より成ると考えられる。彼によれば,絶対者ブラフマンは〈有〉(サットsat),〈知〉(チットcit),〈歓喜〉(アーナンダānanda)という,異なった三つの原理を統合したものである。この三原理と,第四の原理である〈超越心supermind〉とを合わせて超越的・神的世界が形成され,そこでは知が支配する。心mindと生命lifeと物質matterの三原理によって経験的・現象世界が形成され,そこでは無知が支配するが,虚妄ではなく,むしろ絶対者に統合されるべきものである。二つの世界は互いに関連しており,経験的世界の三原理は超越的世界の四原理に従属し,また,前者の三原理と後者の三原理を超越心が媒介する。絶対者としての実在は,〈知〉〈歓喜〉〈超越心〉を通じて純粋存在から宇宙的存在に下降し,われわれの実在は,物質,生命,心,〈超越心〉を通じて神的実在へと上昇する。
彼のヨーガは全体的ヨーガintegral yogaといわれる。それは,経験的世界におけるわれわれ人間存在が,全力を傾けて超越的・神的実在,つまり絶対者ブラフマンとしての実在に到達するための手段である。しかし,彼のいうヨーガは,自己を空しくすること,ないし単純な自己否定では決してない。彼によれば,このヨーガは,自己の内に神的実在を体験することによって,自己が自己の位相そのままに,全面的に変質することである。このときに個人存在は聖性を帯びることになり,〈超人superman〉,聖なる実在,全知全能者となり,歓喜を得る。しかし,超人はその状態から下降し,超越心の光と力を経験的世界にもたらして人類の無知を排除する。超人が一人でもこの世に生まれるならば,人類は急速に上昇,つまり変質し,ついには全世界が聖性を帯びるとした。
執筆者:宮元 啓一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報