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ムラビンスキー

百科事典マイペディアの解説

ムラビンスキー

ロシアの指揮者。サンクト・ペテルブルクに生まれ,レニングラード音楽院で作曲と指揮を学ぶ。1932年―1938年レニングラード・アカデミー・オペラ・バレエ劇場(現マリインスキー劇場)の副指揮を務め,ウラノワらの舞台を振る。1938年,全ソビエト指揮者コンクールに優勝し,レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団(現サンクト・ペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団)の首席常任指揮者に就任。終生,常任兼音楽監督を務めた。1956年ウィーン,1962年米国に同楽団とデビュー。ロシア音楽に緊張度の高い演奏を聴かせた。1973年に初来日。

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世界大百科事典 第2版の解説

ムラビンスキー【Evgenii Aleksandrovich Mravinskii】

1903‐88
ソ連邦の指揮者。レニングラード音楽院に学び,1932年よりレニングラード・アカデミー・オペラ・バレエ劇場(現,キーロフ劇場)で指揮を務める。38年レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者となる。同楽団とともに56年にウィーンのモーツァルト生誕200年祭に出演するなど国外にも演奏旅行を行った。ソ連の作曲家の作品が主要レパートリーで,多彩で陰影に富んだ表現と内面的な緊張に満ちた演出には定評がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ムラビンスキー
むらびんすきー
Евгений Александрович Мравинский Evgeniy Aleksandrovich Mravinskiy
(1906―1988)

ロシアの指揮者。生地のレニングラード音楽院で作曲と指揮を学び、1932年からレニングラード(現サンクト・ペテルブルグ)のキーロフ劇場指揮者として活動。38年ソ連時代の全国指揮コンクールで第1位となり、その年レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に迎えられた。以来この楽団の水準向上に努力を傾注、世界の一流楽団に育て上げた。73年(昭和48)同楽団と初来日。構成力を重視したスケールの大きい芸風は風格があり、とくにチャイコフスキー、ショスタコビチで新境地を開いた。[岩井宏之]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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