メリーランド大学(読み)めりーらんどだいがく(英語表記)University of Maryland

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

メリーランド大学
めりーらんどだいがく
University of Maryland

アメリカ合衆国メリーランド州カレッジパークCollege Park市に本部キャンパスがある州立大学。質の高い教育内容と充実した設備を擁(よう)する州立総合大学として知られ、また首都ワシントンDCに近いという立地を生かし、産官学連携による先端技術研究のリサーチパーク・プログラムの中核となっている。
 メリーランド大学は、1856年に州政府よりメリーランド農業大学として設立認可を受け、地主であったチャールズ・B・カルバートCharles Benedict Calvert(1808―64)が株式を発行し、その援助を受けて1858年に創立された大学である。1859年に開学し、最初の年は34人の入学者を迎え、そのなかにはカルバートの4人の息子たちも含まれていた。最初の卒業生が出た1862年、当時の大統領であったリンカーンが、農業や機械技術、軍略など実学を教える州立大学に国有地を交付するなどの支援をするモリル法(モリル国有地交付法the Morrill Land Grant Act)を認めると、メリーランド州もそれを認可し、メリーランド農業大学に同法を適用した。にもかかわらず、その後、同大学は経営難に陥り、一度は破産してしまったが、1867年に11人の学生とともに再開した。
 1916年には、完全に州の運営下に入り、メリーランド州立大学Maryland State Universityと名称を変更した。翌1917年には、農学、工学、文理学、化学、教育学、家政学の学部に加え、大学院も開設され、分野が拡大した。1920年には、カレッジパーク校とボルティモア校を統合させ、メリーランド大学University of Marylandとなった。1988年には五つのキャンパスすべてがメリーランド大学システムを形成することになり、カレッジパーク校を新しいシステムの本部とした。2006年は、そのカレッジパーク校の150周年に当たり、「平等と多様性Equity and Diversity」を謳(うた)い、多くの人々に門戸を開放してきた本校の激動の150年を祝福している。
 前述のような経緯を経て現在、メリーランド大学は、おもに五つのキャンパスからなるが、最大の面積を誇る代表校は、本部所在地のカレッジパーク校(略してUMCP)である。ほかに、ボルティモア校(UMB)、ボルティモア郡Baltimore County校(UMBC)、イースタンショアEastern Shore 校(UMES) 、ユニバーシティ・カレッジUniversity College(UMUC)がある。ボルティモア校は、保健管理、福祉サービス、法律の専門家を養成し、七つの専門職大学院やその他の大学院教育で有名である。ボルティモア郡校では、学士課程教育に力を入れており、イースタンショア校は、歴史的にアフリカ系アメリカ人ゆかりの大学として知られており、人文学、農業、ビジネス、科学技術、教師教育に力を入れている。大学全体としては、テロリズム対策センターの設置、言語、ナノテクノロジー分野、工学、物理学などが有名である。また、大学スポーツも盛んで、男子サッカー、女子陸上ホッケーが強い。
 2006年時の学生数は3万5102人、学士課程2万5154人、大学院9948人、教職員数は、1万2228人である。学士課程教育における専攻数は127、大学院は112の学位授与プログラムを有する。『U.S. News and World Report』誌の大学ランキングでは上位20位に入る州立大学と評価されており、国内トップクラスの高い評価を得ている。[小島佐恵子]

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