リッキー(英語表記)Rickey, George Warren

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リッキー
Rickey, George Warren

[生]1907.6.6. インディアナ,サウスベンド
[没]2002.7.17. ミネソタ,セントポール
アメリカの彫刻家。イギリスのオックスフォード大学卒業後,パリで学び,さらにニューヨーク大学,シカゴのインスティテュート・オブ・デザインなどで学ぶ。 1953年最初の個展。 N.ガボ,A.コルダーらの影響で動く作品に関心を強め,1960年代以降は柱の上の1点で支えられた金属の棒がゆっくり動く一連の作品を制作。音の出る作品もある。著書に『構成主義,起源と展開』 (1967) がある。

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デジタル大辞泉プラスの解説

リッキー

北海道帯広市、帯広競馬場で飼育されている日本輓系(ばんけい)種のオス。2007年4月ばんえい競走のPRのため同市の特別嘱託職員に任命、同時に市から特別住民票交付。登録名は「ばんえいリッキー」。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

リッキー
りっきー
Branch Wesley Rickey
(1881―1965)

アメリカのプロ野球選手(右投左打)、監督、ゼネラルマネージャー。大リーグ(メジャー・リーグ)のセントルイス・ブラウンズ(現ボルティモア・オリオールズ)、ニューヨーク・ハイランダーズ(現ニューヨーク・ヤンキース)で捕手としてプレー。1913年からはブラウンズ、セントルイス・カージナルスで監督も務めた。現在のファーム・システムを構築した「球界のパイオニア」である。
 12月20日、オハイオ州フラットで生まれる。1903年にマイナー・リーグでプロ生活をスタートさせると同時に大学へも通い出し、現役中に二つの学校で文学、美術、法律を学んだ。1905年に大リーグのブラウンズへ初昇格して1試合だけ出場し、06年には65試合に起用された。1907年にはハイランダーズへトレードされ、52試合で打率1割8分2厘に終わると現役を引退し、09年からミシガン大の野球部コーチとなった。1913年のシーズン終盤よりブラウンズの監督に就任。1914年には自ら捕手として2試合に出たが、これが選手としての最後の出場であった。翌15年限りで監督の職から離れた。1919年からは同じセントルイスに本拠を置いていたカージナルスの監督となり、25年まで在任。その後、カージナルスの球団幹部となっていたが、1942年からブルックリン・ドジャース(現ロサンゼルス・ドジャース)のゼネラルマネージャーに就任。1947年に、初の黒人選手としてジャッキー・ロビンソンを入団させ、球界に歴史的な転機をもたらした。1951年からはピッツバーグ・パイレーツのゼネラルマネージャーとなり、55年まで務めた後、パイレーツやカージナルスの球団幹部を歴任した。
 選手としての実働4年間の通算成績は、出場試合120、安打82、打率2割3分9厘、本塁打3、打点39。監督としての通算成績(10年)は597勝664敗。1967年に野球殿堂入り。[山下 健]

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