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構成主義 こうせいしゅぎ constructivism

翻訳|constructivism

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

構成主義
こうせいしゅぎ
constructivism

構成派。旧ソ連で革命前から 1920年代にかけて展開された芸術,建築動向。 V.タトリンが 10年代の後半に始めた鉄板や木片による浮彫の特色を「構成」とみたのが始りで,美術の再現性を捨て,工業的材料による構築的作品を特徴とする。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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知恵蔵2015の解説

構成主義

1910年代にモスクワを中心に始まった前衛的な芸術運動で、ロシア構成主義ともいう。創始者のタトリンが13年、パリのピカソアトリエで見た彫刻に着想を得、その後、鉄板や木片による抽象的なレリーフ作品を作った。彫刻史上初の、完全抽象作品とされる。17年11月のロシア革命以後、社会主義国の建設の中で、科学技術と芸術との調和が目指され、生産主義的な考え方と結びついた。実現すれば高さが400mにもなるタトリンの「第3インターナショナル記念塔模型」は、螺旋状に空に上昇していくイメージが、社会主義の未来と理想を端的に表現していた。20年頃、ロドチェンコは物体感を消し、時間や空間の動きを表現して注目される。同時期には、マレービッチが自然の形態とは全く無縁の、純粋な感覚から生み出された無対象絵画を生み出しシュプレマティズム(絶対主義)と呼んで、構成主義と共にロシア・アバンギャルド(前衛主義)の双璧をなした。30年代、スターリンが権力を握り、社会主義リアリズムが主流になる中で衰退した。

(山盛英司 朝日新聞記者 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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デジタル大辞泉の解説

こうせい‐しゅぎ【構成主義】

1910年代にソ連で始まった芸術運動。金属・ガラスなどの工業材料の使用や幾何学的形態の組み合わせによる抽象的構成を目ざす。造形美術全般に及び、ソ連および欧米でそれぞれ独自の展開を遂げた。

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百科事典マイペディアの解説

構成主義【こうせいしゅぎ】

1921年ころ革命後のロシアで起こった前衛芸術運動。ロシア語Konstruktivizm,英語Constructivism。油絵などの伝統的な素材や技法を廃し,金属,ガラスなどの新しい素材で新しい空間を構成することを主張した。
→関連項目アウト抽象芸術バウマイスターバザレリ村山知義モホリ・ナギ

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世界大百科事典 第2版の解説

こうせいしゅぎ【構成主義 Constructivism】

もともとは1921年ころ革命後のロシアに現れた前衛美術運動の一派であるが,その後東欧から中欧にかけて,ジャンルのうえではデザインや建築にまで広がった大規模な国際的芸術運動である。画架(イーゼル)にのせて描く絵画を否定し,現代社会で普通にみられる工業材料(金属,ガラスなど)を使って物理学的な均衡感覚に基づく抽象的な美や,運動という力動的な美を表現する構成主義的な作品としては,1920年のロドチェンコの《吊り構成》やタトリンの《第三インターナショナル記念塔》(案)などがある。

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大辞林 第三版の解説

こうせいしゅぎ【構成主義】

1910年代から20年代にかけてロシアに起こり、西欧に広まった抽象芸術運動。幾何学的形態の組み合わせによる純粋な造形表現を目指し、特に工業材料(金属・ガラスなど)を用いて彫刻・建築などの構成美を追求した。絵画・デザイン・演劇などにも影響。
〘心〙 真理とされているものが、人間が頭の中でつくりあげたものであるとする認識論。家族療法の基本的認識論。
〘哲〙
経験的認識の対象はア-プリオリな主観的形式によって構成されると考えるカントの認識論的立場。
数学の哲学において、数学的対象はわれわれの思考活動から独立に存在するものではなく、一定の証明手続きによって構成されたものであると考える立場。
エルランゲン学派の構成的科学論の立場。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

構成主義
こうせいしゅぎ
конструктивизм konstruktivizm

20世紀の絵画、彫刻、写真、デザイン、建築における前衛的傾向の一つ。構成主義の語は、1921年の初めからロシアで用いられたが、その意味するところは、工業的な実用物を構成していくプロセス、方法という、ほとんどデザインと同義のことばであった。17年の革命に続くユートピア雰囲気のなかで、共産主義という新たな社会秩序を体現する、新しい芸術的環境を生みだそうとする一連の動き、いわゆるロシア構成主義が誕生したのである。
 このように構成主義は、狭義にはロシア構成主義を意味するものであるが、他方、1922年から20年代の末にかけて、主としてドイツで進展したより広範な国際的な潮流をさすことばとして用いられ、さらに一般的には、線や面といった幾何学的な形態によって「構成される」デ・ステイルにみられるような抽象美術全般をさす場合もあり、その語義は一定ではない。
 ロシアに限っていえば、1920年に革命政府によってモスクワに設立された「インフークИНХУК/INHUK(芸術文化研究所)」のメンバー、アレクセイ・ガン、アレクサンドル・ロドチェンコ、バルバーラ・ステパーノワ、ステンベルグ兄弟らが、21年3月に「構成主義の作業グループ」を結成し、構成主義の活動が開始される。21年4月のプログラムによれば、構成主義は、もはや芸術の自律的な機能というものを認めず(「絵画の死」)、あらたな社会主義社会の必要と価値にふさわしい視覚的環境の創造を訴えるのである。
 その限りで、厳密な意味でのロシア構成主義は、同じロシアの前衛ではありながら、非実用的な純粋美術を目ざしたマレービチのシュプレマティズムを含むものではない。実際、構成主義者たちは、「物質的な構造の共産主義的な表現」を獲得するために、三つの原理に従おうとする。「テクトニカ」(政治的社会的に適切な工業的素材の機能的な使用)、「コンストルチア」(工業的素材を組織するプロセス)、「ファクトゥーラ」(素材の選択と適切な処理)である。
 ここで強調される工業が含意するものは、革命後のロシアにあって、工業的発展こそが政治的、社会的な進歩を約束するものであるという信念であり、こうした工業的発展を支える機械は、したがって新しい文化のメタファー(象徴)にして経済の再建の実際的手段にほかならなかった。構成主義の試みが、直接的にはタトリンの「第三インターナショナル記念塔」のモデル(1920年11月ペトログラード(サンクト・ペテルブルグ)、12月モスクワで展示)から啓示を受けている理由はここにある。タトリンの記念塔は、巨大な鉄の梁(はり)とガラスで作られた「新世界の創造に役立つ発見を生み出すモデル」(タトリン)として、機械美の力を誇示しつつ、革命の最終目標を象徴していたからである。
 構成主義の目ざした新たな社会主義社会に即応する視覚的環境は、たとえば、演劇という場にその発現をみていた。リューボーフィ・ポポーワやステパーノワが手がけたメイエルホリドの舞台のためのデザインはその典型である。伝統的な衣装に代わって、人間工学に基づく「つなぎ」の衣服が登場していた。また、ロドチェンコが1925年パリの国際装飾美術展のソビエト館内に設置した「労働者クラブ」のディスプレーは、新しい社会に直結したビジョンを提示しようとする構成主義の考え方を端的に示している。ロドチェンコは、故国の厳しい生活条件を念頭に、ロシアでは豊富で廉価な木材を使用して家具を設計し、合理化と規格化を実践していたからである。
 こうして、いわば産業デザインを目ざした構成主義ではあったが、その前衛的なデザインは、革命、内戦で疲弊した社会では容易に実用化されるものではなかった。このため、構成主義の仕事の中心は、グラフィック・デザインや写真などの分野に集中していった。ロドチェンコは、『キノ・フォト』(1922)、『レフ』(1923―25)、『ノービ・レフ』(1927―28)といったアバンギャルドの雑誌のレイアウトやカバー、さらには、映画のポスターを手がけていた。それらは、大胆なタイポグラフィと抽象的なデザイン、そして写真を組み合わせたフォトモンタージュであった。実のところ、機械的プロセスを経て生み出される写真は、テクノロジーを信奉する構成主義にこそふさわしいメディアであり、かつ、大衆が理解しやすいリアルで明瞭なイメージを尊重する共産党の方針にも合致するものであったといえよう。ちなみに、ロドチェンコは、1950年代まで、一貫して写真を主要な表現メディアとし、幾多の優れた作品を発表している。
 レーニンの死後、権力を手中に収めたスターリンは、1928年第一次五か年計画を実施して、反対派を追放し、やがてその攻撃の矛先をアバンギャルドに向け始める。1928~32年までの文化革命において、フォトモンタージュがプロパガンダの有効な武器として命脈を保ったことをほとんど唯一の例外として、革命とともに歩んだ構成主義の活動は、実際の政治体制によって圧殺されてゆくことになるのである。しかし、構成主義の残した清新な実験の数々は、今日、依然として刺激に満ちた霊感源たることをやめていない。[村田 宏]

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世界大百科事典内の構成主義の言及

【シュプレマティズム】より

リシツキーはこれをうけて,19年より〈プロウンPROUN(新しきものの確立のための計画)〉を計画し,スエティンNikolai Mikhailovich Suetin(1897‐1954)やチャシュニクIlia Grigorievich Chashnik(1902‐29)などもそれぞれシュプレマティズムの作品を制作した。シュプレマティズムと20年代の構成主義を含めて,革命前後の前衛的な芸術の動向を指すのに〈ロシア・アバンギャルド〉の語が使われることもある。抽象芸術【宮島 久雄】。…

【戦間期】より

…革命初期のソ連における芸術家の実践はこのことを立証している。たとえばV.E.タトリンやE.リシツキーによって代表される構成主義がそれであり,彼らは日常的な素材から出発して革命社会にふさわしいオブジェを創造しようとした。なかには,大胆ではあっても実用的機能を欠く公共建築の設計もあったが,印刷やポスター,デザインの分野では永続的な影響を残した。…

【抽象芸術】より

…すなわち,まず,当時ミュンヘンにいたカンディンスキーの1910年ころからの試み,キュビスムにおける描写対象の分解・分析・総合,キュビスムから枝分かれしたR.ドローネー,ピカビア,クプカF.KupkaらによるオルフィスムOrphismeの音楽的詩的抽象,マレービチの純粋幾何学的抽象の試みであるシュプレマティズムといった動きが抽象芸術を形づくる。次いで,オランダで新造形主義をかかげたモンドリアン,彼を支持したファン・ドゥースブルフらの絵画,彫刻,デザイン,建築等の各分野にわたる運動であるデ・ステイル(1917年より同名の雑誌を刊行),革命後,やはり各分野にわたる広がりをみせたロシアの構成主義(タトリン,リシツキー,ガボ,ペブスナー,ロドチェンコら)などによって抽象芸術は急速に広まり,両大戦間にはシュルレアリスムと並ぶ一大動向を形成し,1930年代には早くもマンネリ化,アカデミズム化の現象すらみせている。そして第2次大戦後,アメリカのポロック,ヨーロッパのフォートリエ,ボルスらを先駆とする抽象表現主義的動向が,1950年代にはほぼ世界中を席巻する。…

【トレス・ガルシア】より

…モンドリアンら当時の前衛画家たちとの交流に刺激され,さまざまな絵画様式を研究,この時期に1500点以上の作品を残す。32年にウルグアイへ帰り,構成主義美術協会や工房を設立し,数多くの講演会や個展を催し,5冊の著作と壁画作品多数を残すなど,芸術の後進地帯だったラ・プラタ地域の啓蒙に尽力した。絵画制作を理性の作業とし,対象を限定された抽象形に還元し,画面を誰にでも一目で認識できる象徴で構成しようとした,構成主義を自己流に展開したウニベルサリスモuniversalismoを提唱。…

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