ルイジアナ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ルイジアナ
るいじあな
Louisiana

アメリカ合衆国南部の州。面積12万5674平方キロメートル、人口446万8976(2000)。北はアーカンソー州、東はミシシッピ川と一部はパール川を隔ててミシシッピ州、西はテキサス州に接し、南はメキシコ湾に面する。州都バトン・ルージュ。海岸平野とミシシッピ川の沖積平野からなり、全体に低地で、最高地点は北西部の163メートルにすぎない。南部は低湿地で、潟湖(せきこ)、沼地、入り江などが多い。ミシシッピ川周辺には三日月湖、河口には鳥嘴(ちょうし)状三角州が発達している。北部は松林に覆われた丘陵地が広がる。気候は、南部では亜熱帯性、北部では温帯性である。南部に位置するニュー・オーリンズの年降水量は1577ミリメートル、平均気温は1月で11.5℃、7月で28.1℃である。

 温暖な気候と肥沃(ひよく)な沖積平野に恵まれ、サツマイモ、サトウキビ、米、大豆、トウモロコシ、綿花の栽培が盛んである。また、イチゴ、メロン、野菜などの園芸農業と養鶏、牛の飼育も発達してきた。ニシンやエビ、カキなど漁業も重要な地位を占める。地下資源に恵まれ、岩塩と硫黄(いおう)の生産は全米第1位で、石油、天然ガス、液化天然ガスの生産は全米第2位である。かつて石油は北部のモンローやシュリーブポート周辺で採掘されたが、最近ではメキシコ湾の海底油田からの生産量が多くなってきた。州の約半分は林地であり、木材資源も豊富である。これらの資源を利用して、精油、石油化学、パルプ・製紙工業が発達している。その他にも金属、食品加工、輸送用機器、衣服、電気機器工業がある。これらの工業は第二次世界大戦後急速に成長し、最大都市ニュー・オーリンズとバトン・ルージュ地区に約半分が集まっている。長年遅れていた教育も近年は著しい発達をみせ、ルイジアナ州立大学(1860創立)や、チュレイン大学(1834創立)などがその中心となっている。また、ジャズの発祥地として知られ、フレンチ・クォーターやマルディ・グラの祭りも重要な観光資源となっている。

[菅野峰明]

歴史

フランスの植民地として出発し、1682年ラ・サールによってルイ14世にあやかり「ルイジアナ」と命名された。その後、イギリスによってノバ・スコシアを追われたフランス系住民が移住してきたり、フランス革命時には祖国を脱出した王党派の亡命地となったりする。しかし領有権そのものはフランスからスペインに譲渡(1762)されたり、またフランスに返還(1800)されたりして変遷をたどるが、1803年のルイジアナ購入によって合衆国の領土となる。1812年、合衆国第18番目の州として連邦に加わった。1815年ジャクソンがニュー・オーリンズの戦いでイギリスに勝利したのち、砂糖や綿花のプランテーション地帯として本格的な発展が始まった。とくにニュー・オーリンズは合衆国第二の港として隆盛を極めた。南北戦争と、それに続く再建期には急進派と保守派の政争の中心地となり、人種暴動やクー・クラックス・クランの活動などによって政治的激動を経験した。1849年まではニュー・オーリンズが州都であった。

[長田豊臣]


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精選版 日本国語大辞典の解説

ルイジアナ

(Louisiana) (フランス王ルイ一四世にちなむ) アメリカ合衆国南部の州の一つ。メキシコ湾北岸のミシシッピ川河口付近一帯を占める。州都バトンルージュ。もとフランス領で、一八〇三年ナポレオンがアメリカ合衆国に売却。

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

ルイジアナ
Louisiana

歴史的にはミシシッピ川流域の広大な地域名
1682年,この地域を探検したフランス人ラ=サールがルイ14世にちなんで命名。七年戦争後の1763年のパリ条約でミシシッピ川以東はイギリス領,以西はスペイン領となった。前者は,アメリカ独立戦争後の1783年のパリ条約で,イギリスからアメリカ合衆国に割譲された。後者は,1800年ナポレオン1世がフランス領としたが,03年アメリカに売却された。

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