パルプ(読み)ぱるぷ(英語表記)pulp

翻訳|pulp

日本大百科全書(ニッポニカ) 「パルプ」の意味・わかりやすい解説

パルプ
ぱるぷ
pulp

木材その他の植物から機械的または化学的処理によって取り出したセルロース繊維の集合体で、その大半は紙の主原料として用いられる。パルプは、製造方法および原料植物によって収率や性質を異にする。そして製造方法によって機械パルプ化学パルプおよび半化学パルプ(セミケミカルパルプ)に大別され、また原料によって木材パルプ非木材パルプに大別される。そのほか用途により、製紙用パルプおよび溶解用パルプなどに分けられる。溶解用パルプはセロファンやCMC(カルボキシメチルセルロース)などの化学製品の原料として用いられる。パルプは種類が多いので、原料、製法、用途またはその略称をパルプの前につけて互いに区別する。たとえば針葉樹を原料とする晒(さらし)クラフトパルプは、NBKP(Nは針葉樹、Bは晒、Kはクラフト法、Pはパルプをそれぞれ表す)、また広葉樹を原料とする溶解用亜硫酸パルプはLDSP(Lは広葉樹、Dは溶解用、Sは亜硫酸法、Pはパルプ)とする。

 なおパルプは広く木材や果物などの植物体を粥(かゆ)状にしたものをいい、木材パルプのほかリンゴをつぶして粥状にし、菓子やジャムの原料に用いるりんごパルプなどがあるが、今日単にパルプという場合、生産量、消費量が大きく社会的重要性の高い製紙用木材パルプを意味する。

[御田昭雄 2016年4月18日]

パルプの歴史

古く中国の後漢(ごかん)の和帝のときに蔡倫(さいりん)が麻の布・漁網などを利用して今日の紙の定義に当てはまる紙を発明したと伝えられているが、この話のなかに出てくる布や漁網の繊維を、紙が抄(す)けるような状態にまでどろどろの粥状にしたものがパルプ(麻パルプ)である。実際の紙の歴史はいますこしさかのぼると今日では考えられているから、パルプの歴史もきわめて古いものになる。

 中国で生まれた製紙技術は長く国外流出を禁じられたため、容易には伝播(でんぱ)しなかった。東に向かったものは比較的早い時期に朝鮮半島を経て、610年には高句麗(こうくり)の貢僧曇徴(どんちょう)によって日本に伝えられたとされている。日本では紙を神聖視したせいか、ぼろで紙をつくらずほかに原料を求めた。そしてコウゾ、雁皮(がんぴ)のような低木の皮を灰汁(あく)で煮て長繊維パルプをつくることに成功した。このようにして得られる良質の長繊維パルプは独特の流し漉(す)きの技術を生み出し、優れた和紙の製造を可能とした。

 一方西に向かった製紙技術の伝播はきわめて遅く、シルクロードを経てバグダードに至ったのは793年といわれている。バグダードではアラビア人がアマ(亜麻)をパルプ化する技術を生み出し、得られた亜麻パルプが同地に建設された製紙工場の原料として利用された。製紙技術はさらに西に向かったが、960年にはエジプトのカイロを中心として多くの製紙工場ができている。1151年イスラム教徒ムーア人がスペインを占領し、製紙技術が初めてヨーロッパに伝わった。

 19世紀に木材パルプが生まれるまではパルプ工場と製紙工場は同居し、パルプ化技術は製紙技術と一体となって伝播された。この間、地域による原料の制約は、さまざまなパルプ化技術の改良を促したが、一方このようにして生まれた新しいパルプは製紙技術の新しい発展を可能とした。ヨーロッパにおいては、当時一般に使われていた綿の衣料のぼろをパルプ化する技術を生み出し、綿ぼろパルプは同大陸における製紙原料として製紙工業を支えた。

 1450年にグーテンベルクによって発明された活字による印刷技術は大きく発展し、紙の大量需要につながり、製紙機械の発明を促した。さらに製紙機械の出現(1808)により莫大(ばくだい)な量のパルプの供給を必要とし、以来パルプの慢性的不足の時代が続いた。しかし、それまで利用されてきたパルプの原料は、いずれも衣類に密接に関係のある繊維か、大量に供給することがむずかしい非木材繊維であったため、莫大な量のパルプの原料を他に求めた人々の目は森林資源に向けられるに至った。そして19世紀中ごろ(1840)、ドイツのケラーFriedrich Gottlob Keller(1816―1895)は木材を機械的にパルプ化し、砕木パルプ(GP)を発明することに成功した。

 1851年にはソーダパルプをイギリスのバージスHugh Burgess(1825―1892)が発明し、1867年にはアメリカのチルグマンBenjamin Chew Tilghman(1821―1901)によって亜硫酸法(SP法)が発明され、ついで1884年、ドイツのダールCarl F. Dahlによってクラフト法(KP法)が発明されるなど、今日の木材のパルプ化技術の基礎となる発明のほとんどすべてがきわめて短い期間に行われた。この大量生産可能な木材パルプの出現は、パルプ工業を製紙工業からの独立可能な産業とするとともに、紙(洋紙)・板紙工業を近代化し、基幹産業としての地位を確固たるものにした。それだけに、木材パルプ化技術の発明の動機と、パルプ工業という素材産業の発展の歴史には興味深いものがある。

[御田昭雄 2016年4月18日]

パルプの原料

日本では木材が不足し、全木材の消費量の3分の2が輸入材である。それにもかかわらず、パルプ生産量の99%以上が木材パルプであり、木材の輸入確保が世界の緑と自然環境の保全問題とも絡み、一大問題となっている。

 現在パルプ原料としている木材と非木材および原料として検討されている繊維植物の組成はいずれもセルロースペントサンヘミセルロース)とリグニンを主成分としている。植物体のなかではセルロース繊維をヘミセルロースで囲み、さらに繊維の間をリグニンで埋めて全体を固めている。

[御田昭雄 2016年4月18日]

木材繊維原料

樹種にもよるが、針葉樹は温帯、亜寒帯および寒帯で生育し、一方広葉樹は温帯、亜熱帯および熱帯でよく生育する。

 針葉樹材のセルロース繊維は、広葉樹の繊維に比べると長く、およそ2~3ミリメートル程度である。針葉樹のヘミセルロースの主成分は炭素数6の炭水化物の重合体からなり、広葉樹に比べて酸に強い。リグニンはポリフェノールの一種で、針葉樹のものは広葉樹に比べて分解しにくく、同一の方法でパルプ化すれば針葉樹パルプの強度は広葉樹パルプより大きい。

 一方広葉樹材のセルロース繊維は短く、およそ1ミリメートル前後である。広葉樹のヘミセルロースの主成分は炭素数5の炭水化物の重合体であるペントサンからなり、針葉樹に比べ水で膨潤しやすく、酸に弱く容易に分解する。酸性の蒸解(煮てパルプ化すること)薬液を用いるパルプ化法で得られる広葉樹パルプはとくに強度が小さいが、アルカリ性の蒸解薬液でパルプ化したものはヘミセルロースの残存量が大きく、繊維間が強固に接着するため透明度が高く、比較的強度の大きい紙が得られることが多い。

[御田昭雄 2016年4月18日]

非木材繊維原料

短繊維原料と長繊維原料の二つに大別される。

[御田昭雄 2016年4月18日]

短繊維原料

木材がなく、木材パルプを生産したり輸入することのできない開発途上国で、粗悪なパルプでも安く生産するための原料として用いてきたものである。代表的なものとして稲藁(いねわら)、麦藁、バガス(サトウキビの搾りかす)などがあり、そのほかアシ、トウモロコシなどがあげられる。これらの繊維原料はセルロースの含有量が低く、ヘミセルロースや灰分などの非繊維分が多く、繊維長は一般に1ミリメートル以下と短い。クラフト法などの木材のパルプ化法を援用して蒸解すれば、得られるパルプは一般に木材パルプに比べて諸強度が低く、とくに引き裂き強度は低い。収率も極度に低くなる。蒸解を軽くすませればパルプの収率が上がるが強度がさらに落ち、べとついて水切れが悪くなり、抄紙(しょうし)機にかかりにくくなるなど品質の欠点がさらに顕著になる。またパルプ廃液の処理には困難が伴う。

[御田昭雄 2016年4月18日]

長繊維原料

先進国などが紙幣用紙、証券用紙や便箋(びんせん)、薄手の辞書用紙のような特殊高級紙の製造用パルプを少量生産するために用いてきた繊維原料である。アマ、チョマ(苧麻)のような麻やコウゾ、ミツマタのような低木の靭皮(じんぴ)およびコットンリンター(綿の繊維)のような種毛はいずれも長繊維原料である。成分的にはセルロースが多く、ヘミセルロース、リグニンのほかペクチンが含まれ、これが靭皮の繊維を束ねる役を担っている。得られるパルプは木材パルプに比べ高収率で、引き裂き強度や耐折強度をはじめ諸強度はきわめて大きく、すぐれた風合いの紙を与える。

[御田昭雄 2016年4月18日]

パルプの製法

以下に各パルプの製法について述べる。それぞれのパルプの特徴については各項目を参照されたい。

[御田昭雄 2016年4月18日]

化学パルプ化法

化学パルプ化法はケミカル法(CP法)ともいわれる。アルカリ法(AP法)、亜硫酸法(SP法)、クラフト法(KP法)などがあり、いずれの方法も原理的にはリグニンを溶出するためにそれぞれの蒸解薬液で処理し、蒸煮物からパルプを分離して取り出す方法で、残った液がパルプ廃液である。この製法で得られるパルプを化学パルプという。

[御田昭雄 2016年4月18日]

アルカリ法

アルカリ法は水酸化ナトリウムまたは炭酸ナトリウムなどの強いアルカリ水溶液(ソーダ)を蒸解薬液とする。高温(140~180℃)で木材または非木材セルロース原料を蒸解し、蒸煮物はパルプと廃液とに分離洗浄してソーダパルプを得る。

[御田昭雄 2016年4月18日]

亜硫酸法

亜硫酸法は酸性亜硫酸カルシウムおよび亜硫酸の混合水溶液を蒸解薬液とし、セルロース原料を高温(140~150℃)で処理し、リグニンを溶出させて亜硫酸パルプを取り出す。

[御田昭雄 2016年4月18日]

クラフト法

クラフト法は硫化ナトリウムと水酸化ナトリウムの混合溶液を蒸解薬液として用い、セルロース原料を高温(150~180℃)で蒸解してクラフトパルプを得る。

[御田昭雄 2016年4月18日]

半化学パルプ化法

半化学パルプ化法はセミケミカル法(SCP法)ともいわれる。針葉樹チップでも広葉樹チップでもパルプ原料として使え、機械パルプのように収率が高く、化学パルプのように強度の優れたパルプが得られる製法を求めた結果生まれたものである。いったん弱い化学処理をしてから機械的に解繊処理してパルプ化する。とくに化学処理の度合いを少なくし、機械処理の度合いを強め、パルプ収率の向上を図ったものをケミグラウンドパルプ(CGP)として分けることがある。パルプの収率を60~90%の間で任意に選ぶことができ、得られるセミケミカルパルプは、原料と選んだ蒸解薬液とその収率に相応の強度が期待できる。

[御田昭雄 2016年4月18日]

機械パルプ

機械パルプ(MP)はメカニカルパルプともいう。1840年に発明されて以来、水に浸(つ)けた回転するグラインダーに針葉樹の丸太を押し付けて繊維状に磨(す)りつぶしてパルプを得ていたので、砕木パルプまたはグラウンドパルプとよばれていた。水をかけながら機械処理するか、熱処理と機械処理をあわせて行うことにより、木材を固めているリグニンの結合を一時的に緩めて、リグニンやヘミセルロースがついたままきわめて高い収率で繊維を取り出す方法である。

[御田昭雄 2016年4月18日]

非木材パルプ

地球環境に対する問題意識から、木材を伐採しないですむ方法として、非木材パルプがふたたび注目されている。20世紀の後半に、中国は紙パルプを大増産するため、廃液処理技術の開発を十分に行わないままパルプの製造を強行し、1997年時点では総生産量約1930万トンの大半を生産し、世界最大の非木材パルプ生産国を誇った。しかし21世紀になり、地球環境問題が厳しさを増したことから産業振興することができなくなり、2012年には生産量も591万2000トンに激減した。日本においては、非木材パルプは生産量・消費量ともに少ないが、製法は木材パルプの製法であるアルカリ法、クラフト法および中性亜硫酸法(NSP法)などを援用してつくられる。

[御田昭雄 2016年4月18日]

古紙からの再生パルプ

再生パルプは、かつてはほとんど板紙の原料に配合するほかなかったが、長年技術開発が続けられた結果、原料古紙の分類の精度をあげることにより、再生処理が容易となった。再生処理に際しては、排水の環境負荷がかからないようなプロセスが生み出された。さらに再生パルプの品質をあげ、板紙のほか新聞用紙や印刷用紙に一部使用可能となった。

 とくに日本の古紙はおもに広葉樹パルプでできていて、強度が低い欠点はあるが、よく分類してある古紙なので効率よく処理でき、得られた各種再生パルプはそれぞれに用途があるため各国から再評価されつつある。またかつて行われていた亜硫酸ナトリウムなどの化学薬品による高温高圧下での古紙の処理を廃止し、低温常圧下での処理ですむように改良したので、排水処理もはるかに容易になった。改良された一般的な再生プロセスは、(1)強力な攪拌機(かくはんき)をもつ水槽のなかに古紙を水とともに投入し、繊維間の接着強度を減らして繊維をばらばらにし、粥状にする。(2)水でうすめて針金、プラスチック、ゴミなどを各種除塵(じょじん)機にかけて取り除く。(3)スクリーン(ふるい)にかけて精選する。(4)脱水してニーダー(高濃度攪拌機)のなかで界面活性剤を加えて強制攪拌し、パルプの表面に付いた印刷インクをはがし取って脱墨パルプとする。(5)さらに過酸化水素などで漂白して、比較的白い脱墨された再生パルプを得る。

[御田昭雄 2016年4月18日]

日本におけるパルプ工業

明治以降第二次世界大戦まで

日本では明治維新後、西洋の紙パルプ技術の導入を図った。1872年(明治5)に製紙会社(のちの王子製紙)が設立され、1874年には日本初の洋紙の生産が開始された。以後も次々と技術導入に励み、1889年には静岡県の気田(けた)に木材を原料とする亜硫酸パルプ工場が建設され、1890年には砕木パルプ工場が、1924年(大正13)にはクラフトパルプ工場が建設された。当時は機械パルプは砕木パルプ法が、化学パルプでは亜硫酸法が主流であった。当時のパルプ化技術の主流であった砕木パルプ法でも亜硫酸法でも樹脂分の少ない木材でないとパルプ化が容易でなかった。また繊維が長くないと良質のパルプが得られなかったので、針葉樹、とくにエゾマツ、トドマツを求めて北海道に工場を立地した。後に北海道の木材では足りなくなると、モミ、ツガ類を求めて樺太(からふと)(サハリン)と満州(現、中国東北部)の地に主力を展開した。

[御田昭雄 2016年4月18日]

第二次世界大戦後

第二次世界大戦で樺太および満州のパルプ工場を失うなど壊滅的な打撃を受けたパルプ工業は、技術導入と大きな需要に支えられながら急速に復興し、成長した。戦後の早い時期に亜硫酸法でも界面活性剤を助剤として用いることにより、従来は樹脂分が多くて利用が困難であった本土のアカマツなどの針葉樹材を優良なパルプに変えることに成功した。また、それまでの亜硫酸法においてはカルシウムのみをべース(塩基成分)とし、強い酸性領域で亜硫酸蒸解してきたのを、マグネシウム、アンモニウムおよびナトリウムベースにかえることにより、弱酸性、微酸性、中性およびアルカリ性での蒸解や二段蒸解が可能となり、収率、品質、強度ともに優れたパルプが得られるようになった。このべースをかえた亜硫酸蒸解技術はセミケミカルパルプの技術に引き継がれた。これは木材チップを蒸解薬液で軽く処理し、さらに機械的に解繊して高収率でパルプを得る方法である。このセミケミカルパルプ法で、とくに前段に微酸性の亜硫酸蒸解を採用したものは色が白く、強度、収率とも亜硫酸パルプより優れていたので、砕木パルプと配合して新聞用紙の製造に供された。また前段で中性亜硫酸蒸解を行ったパルプは、中性亜硫酸セミケミカルパルプ(NSSCP)とよばれ、色は暗褐色であるが、収率や強度、とくに剛性が大きく、段ボールのセミ中芯(なかしん)用原紙にもっともよく使われ、これが市場から木箱を追い出す結果となった。

 セミケミカルパルプの製造で開発されたディスクリファイナー(解繊機)は紙パルプ工業全体を大きく変えた。これが機械パルプ工場でグラインダーにとってかわり、丸太を使わなくともチップから高収率のリファイナーメカニカルパルプ(RMP)が製造できるようになって、あらゆるパルプの製造に丸太が必要でなくなったのである。

 1950~1955年(昭和25~30)には従来不可能視されてきたクラフトパルプの漂白が、多段漂白技術によって工業化に成功するとともに、広葉樹のパルプ化にも成功し、さらに連続蒸解技術の導入は、省力、省エネルギーとパルプ工業を巨大化するのに役だった。パルプ廃液からの蒸解薬品の回収と蒸気と電力の回収技術が導入され、クラフト法は技術的にほぼ完成した。

 1970年まではクラフトパルプとセミケミカルパルプの躍進は著しかったが、産業の急成長は田子ノ浦事件にみられるような公害問題を起こした。当時、各種パルプのうちでクラフトパルプと機械パルプのみは排水対策が容易であったため、亜硫酸法やセミケミカル法を押しのけてその生産比率を伸ばすことができた。

[御田昭雄 2016年4月18日]

オイル・ショック以降

1973年のオイル・ショックに続く石油および電力費の高騰はさらにパルプ産業の形態を変えた。すなわち、機械パルプにおいてはそのコストにおけるエネルギーの費用が木材の価格を超えるに至り、その生産比率の伸びは停滞し、半化学半機械パルプというべきセミケミカルパルプの比率は激減した。化学パルプを代表するクラフトパルプのみは著増し、日本のパルプを代表するパルプとなった。しかし地球環境問題が世界規模でおこり、かつては公害面で優等生であったクラフト法が、環境問題で厳しく改善を迫られることになった。その一つは悪臭対策である。クラフト法では、蒸解で硫黄(いおう)化合物を使うため、メルカプタンなどきわめて悪臭の強い有機硫黄化合物を発生する。種々の対策で以前に比べて格段によくはなっているが、臭気を完全に消せないで苦慮している。また排水問題では未晒(みさらし)パルプの漂白の際に塩素を大量に使うため、ダイオキシンをはじめ多くの有機塩素化合物が発生するとして漂白法の抜本的改善を求められている。これまで漂白の前段に酸素漂白および過酸化水素漂白を導入することにより、塩素の使用量を減らすなどの努力がなされている。また、日本においては以前から古紙の回収率は高かったが、さらに高い回収率の達成と再生紙の生産量拡大も課題である。

[御田昭雄 2016年4月18日]

世界と日本のパルプ工業

世界の紙パルプ産業をみると、(1)パルプと紙を生産するアメリカ、日本などの国々、(2)人口が少なく森林資源が豊富で紙パルプを大量に生産するとともに、大量のパルプを輸出するカナダや北欧の国々、(3)人口と紙の消費が多く、森林資源に恵まれず、紙を生産するため大量のパルプを輸入するイギリスやフランスのような国々がある。

 2013年における世界のパルプの全生産量は1億7936万トンで、日本は877万トンとなっている。日本のパルプ工場は高価な丸太を使わず、おもに廃材などからつくったチップを購入している。なお日本では国土の約3分の2が森林であるが、人件費が高く、間伐材すら運び出して利用することができない状態になりつつある。1964年(昭和39)、東洋パルプはチップ専用船で北米からのチップの輸入を開始し、以後輸入チップへの依存が進んだ。2014年(平成26)において、日本でパルプ生産に利用されたチップ2925万7000立方メートルのうち、国産チップは926万6000立方メートル、輸入チップは1999万1000立方メートルとなっており、全チップ消費量の68.3%を輸入チップが占めるに至った。

 紙パルプ産業は装置産業であるから、量産できるものは大型工場で生産するほうが経済的に有利である。木材パルプ工場の経済単位は日産1000トン規模といわれ、国際的には新規に建設されるパルプ工場で2000トン以上の規模のものも多い。日本の製紙工場では、少数のパルプ工場がまとめて生産し、多くの製紙工場はパルプを購入して使うという形態をとっている。しかし大きい企業ではチップからパルプ紙までの一貫生産を行っているところが多い。

 2013年における日本のパルプの全生産量884万8000トンのうち、99%以上が木材パルプである。そのうち、製紙用パルプが877万4000トン(99.2%)、溶解用パルプが7万4000トン(0.8%)となっており、溶解用パルプはすべて亜硫酸パルプである。製紙用パルプは、クラフトパルプ807万6000トン(92.0%)、機械パルプ66万6000トン(7.5%)、セミケミカルパルプ1万9000トン(0.2%)となっており、製紙用パルプに限ればほとんどすべてがクラフト法で製造され、圧倒的主流の時代に入ったといえる。

[御田昭雄 2016年4月18日]

パルプ工業の課題と展望

コンピュータなどの電子機器の品質が飛躍的に向上するたびに、ペーパーレス時代がくるといわれ、紙パルプ産業は増設を控えてきた。しかし電子機器が市場に出回ると、一転して紙食い虫に化けて紙の大幅な品不足をおこすとともに、大量の紙くずを吐き出すなど社会的に大きな問題を引き起こしてきた。

 2013年時点で、世界の紙・板紙の約50%を中国、アメリカ、日本の3か国の人々が使い、残りをそのほかの国の人々が分け合っている。開発途上国においては紙の不足は深刻で、教育、文化、産業が発達せず、民主主義が容易に定着しないといわれる。2013年時点の日本の衛生紙の消費量は1人当り13.7キログラムであるが、紙の年間の全消費量が14キログラム以下の国もあり、少なくともこれらの国民はトイレに行っても紙が満足に使えず、きわめて不衛生でもあり大問題である。

 先進国では、さらに問題は深刻である。もし紙が1日でも市場から姿を消したら、ほとんどの社会機能は停止するであろう。少なくともペーパーレス時代が本当にくるまでは紙の需要は拡大するものとして、製紙工場は製紙用パルプを確保して紙を生産し、パルプ工場は繊維原料を確保し、どんな繊維原料からでも紙に抄造可能なパルプを生産して供給責任を果たさなければならない。狭くなった地球でこれは容易なことではない。

[御田昭雄 2016年4月18日]

パルプ工業の原料問題

巨大なパルプ工業は製紙工業と一体となって莫大な原料木材を集め約4億トンの紙を生産し、莫大な消費に支えられて成り立ってきた。2013年時点で、世界の約70億の人々の紙・板紙消費量の平均は1人当り56.5キログラムであるが、それに満たない国も多数存在する。世界では人口爆発が続き、山林は大規模農業開発や焼き畑で失われ、砂漠も広がり続け、地球の温暖化が進んで危機的状況にあるともいわれる現状から、これまでの延長線上でものを考えることは不可能であり危険でもある。これからは発想の転換を図り、消費と原料パルプの製造法、公害および地球環境について互いに矛盾することなく進められる総合システムを構築する必要があろう。

 新たな木材資源として注目されているオーストラリア原産のユーカリのなかには、早期に成長し、パルプ材に適した品種がある。苗木を植え7~10年で伐採することができ、しかも1ヘクタール当り11トンのパルプ材(1ヘクタール当り約5.5トンのパルプ)が得られたとの報告もある。オーストラリア以外のブラジルや南アフリカ共和国などでもパルプ工場の隣接地にユーカリを大規模造林して、パルプを計画的かつ持続的に生産している所もある。しかし1億トンのパルプを余計につくるだけでも1800万ヘクタール以上の土地に植林をし、管理をしなければならない。これは日本の全耕地の3倍以上に匹敵する面積である。その意味でも紙のむだ遣いを抑え、間伐材の有効利用や古紙の再利用を含め、新しい資源対策を考えざるをえない。

[御田昭雄 2016年4月18日]

非木材原料の見直し

森林の現状から、木材の紙パルプをいまより大幅に増産することは期待できない。しかし地球上の高等植物の主成分はいずれもセルロース繊維である。これらを原料にしてパルプにすることは実験室規模であれば可能である。問題は地球環境を損なうことなく、パルプをより経済的に、大量に取り出せるか否かである。非木材原料として注目されているものにケナフがあり、また稲藁や麦藁、サトウキビの搾りかすであるバガスなど農産廃棄物もパルプ原料として見直されている。

[御田昭雄 2016年4月18日]

ケナフ

ケナフは陸生のアオイ科の一年生草本で、成長が早く、靭皮からジュート(黄麻(こうま))に類似した麻が取れるので、かつてはこれをジュートの代用品として雑穀用の麻袋の製造に供していた。ケナフの麻は木材チップよりはるかに高価であるため、パルプ化はできるが原価が高く、それに見合ったすぐれた用途は探せなかった。しかし全幹(靭皮と芯の木質部)の生産量は1ヘクタール当り約15トンに達し、蒸解すればパルプが約5トン得られる。このパルプを木材パルプと同様に抄紙し、印刷用紙にすることに成功したと報告されている。ケナフは木材に比べて成長量が数倍も大きく、二酸化炭素の吸収量もきわめて大きいとしてこれを推奨する意見と、ケナフパルプの1ヘクタール当りの生産量はユーカリパルプよりも少なく、製造原価は木材パルプの数倍となり経済的に劣る、としてこれに否定的な意見とに分かれているのが現状である。

[御田昭雄 2016年4月18日]

農産廃棄物

農産廃棄物の年間発生量は風乾物として20億トン以上になるものと推定される。これを活用して10億トンの紙の生産が期待されるが、農産廃棄物をパルプ原料とすることに次のような問題点が指摘されている。

(1)農産物の収穫期に年に1回発生するだけで、発生の密度が低い。

(2)農産廃棄物は腐りやすく、かさばり、輸送貯蔵が困難である。

(3)農産廃棄物はクラフト法など従来の木材パルプの製法で煮ると収率がきわめて悪く、蒸解を緩くすると品質が大きく低下し、水はけが不良で抄紙が困難になる。

(4)農産廃棄物の製造の際に発生するパルプ廃液と廃棄物の公害処理が容易でなく、コウゾの皮や麻くずなどから高価な長繊維パルプをごく少量生産するか、製糖工場からまとまって排出されるバガスを大量に集めて安いパルプを大量生産する以外はパルプ工業として成立させることは容易でない。

[御田昭雄 2016年4月18日]

次世代のパルプ化技術

クラフト法は、発明されて1世紀以上の間に幾多の改良を経て、もっとも優れたパルプ化法として主流となった。しかし規模が巨大化しすぎたため、地域で発生する少量の木材チップを利用する地場産業としての小規模クラフトパルプ工場などは公害対策ができないため、少量のパルプ生産には向かないなど種々の欠点も目だち始めた。さらにクラフト法は非木材のパルプ化には適さないという問題は重大な欠点であり、クラフト法で満足な非木材パルプが得られないことが、今日非木材パルプが振るわない最大の理由であるとする意見もある。

 次世代技術への挑戦は各所で行われつつあるが、そのなかでもっとも注目され、実績をあげつつあるのは過酸化水素アルカリ法(PA法)である。

[御田昭雄 2016年4月18日]

PA法とトータルシステム

1970年代に行われた通産省(現、経済産業省)の資源再生の大型プロジェクトは、都市ごみから分別した紙類の混合物を過酸化水素にアルカリを添加した溶液で処理することにより、リグニンが選択的に除去でき、一挙にごみの少ない漂白パルプが得られることをみいだし、この漂白法をPA法と名づけて報告した。さらに1981年(昭和56)から科学技術庁(現、文部科学省)の振興調整費による熱帯・亜熱帯の未利用植物資源の多目的高度利用の研究が進み、従来クラフト法に向いていないとされてきた非木材繊維原料であるバガスや稲藁の蒸解法としてPA法を試み、優れたパルプが得られた。とくにバナナの古木やパイナップルの古株の麻状の繊維からは優良な長繊維パルプが得られることが報告された。さらにPA法を用いてギンネムやユーカリなど熱帯・亜熱帯の木材からでもパルプが得られ、そのほかスギ、マツ、カラマツ、モミ、ツガなどの針葉樹やカバノキなどの広葉樹でも、クラフト法で蒸解できるものは同法でもパルプ化できることが確認された。

 PA法の蒸解薬液は過酸化水素のアルカリ溶液に少量の蒸解助剤(キレート剤、アントラキノン類など)を加えたものを用いる。この方法により得られた未晒パルプはリグニンが少なく、色が薄く、漂白性がよく、塩素をまったく使わずに過酸化水素漂白だけで白色度がさらに高いパルプが得られる。また廃液は濃縮して酸化雰囲気で燃焼するだけで、きわめて容易にアルカリと蒸気と電力のエネルギーが回収できる。PA法は無硫黄蒸解法なのでクラフト法のような悪臭の発生がなく、無塩素漂白が可能なためダイオキシンなどの有機塩素化合物の発生もなく、廃液の回収により高度のクローズド(循環)システムが組める。

 PA法の開発とともにパルプの用途開発も行われ、周辺技術の開発を含めトータルシステムの構築が進んでいる。貯蔵、輸送については、バガスや稲藁のような農産廃棄物は腐りやすいが、PA法の蒸解薬液またはパルプの濃縮廃液の一部を混ぜてプレスすれば、ほかにまったく防腐剤も接着剤も用いることなく長期の保存が可能となった。こうして長距離の輸送と長期の貯蔵が容易となり、パルプ工場に対して木材チップより安く年間を通じて供給することも可能となった。また非木材原料は高濃度で強制攪拌することによって、沸点以下の温度で容易にパルプ化できるため、従来重装備を必要としたパルプ工業の蒸解工程にも、耐圧容器を必要としない軽量化が進もうとしている。この方法による非木材パルプも、将来、安く大量に供給できるバガス、稲藁パルプなどの短繊維パルプと、特殊高級紙の原料となるバナナ、パイナップルなどの長繊維パルプに二極化されるものと考えられる。これまでに、バガスパルプからきわめて水切れがよく、叩解(こうかい)処理によってかなり強度の大きい紙が得られ、官製葉書原紙として納めることに成功した。また証券用紙を抄造し、高度の証券印刷が可能となった。一方長繊維パルプとしてはフィリピンのバナナの粗繊維をPA法で蒸解し、優れた長繊維パルプを製造し、各種手漉き和紙となった。書道半紙は芭蕉紙(ばしょうし)などの名前がつけられ、一般市場にも高級和紙として流通するようになった。またバナナパルプでスピーカーのコーン紙がつくられ、市場で好評を博した。2012年時点で、世界でバナナは年間1億0199万トン生産されているが、捨てられる古木から40万~50万トンのバナナの粗繊維が得られれば、これはアバカ(マニラアサ)の5倍量は下らないので、PA法による特殊パルプの出現は、多くの産業に刺激を与えることになるとして注目されている。

[御田昭雄 2016年4月18日]

『紙パルプ技術協会編『紙パルプ事典』(1990・金原出版)』『紙パルプ技術協会編・刊『紙パルプ技術便覧』(1992)』『紙パルプ技術予測研究会編・刊『紙パルプと新技術戦略』(1993)』『王子製紙編『紙・パルプの実際知識』(1993・東洋経済新報社)』『日本製紙連合会編・刊『ケナフが森を救うというのは本当ですか?』(2000)』『森本正和著『環境の21世紀に生きる非木材資源』(2000・ユニ出版)』『古紙再生促進センター編・刊『古紙ハンドブック 2000』(2001)』『日本製紙連合会編・刊『紙・パルプ産業の現状』(月刊『紙・パルプ』2001年特集号・2001)』『山内龍男著『紙とパルプの科学』(2006・京都大学学術出版会)』『紙業タイムス社編・刊『紙パルプ産業と環境2008 改めて古紙と再生紙を考える』(2008)』『紙業タイムス社編・刊『紙パルプ産業と環境』各年版』『経済産業省経済産業政策局編『紙・パルプ統計年報』各年版(経済産業統計協会)』『紙業タイムス社編『紙パルプ 日本とアジア』各年版(テックタイムス)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「パルプ」の意味・わかりやすい解説

パルプ
pulp

本来は粉砕物から成る柔軟な凝集物をいうが,通常は紙,繊維素エステルなどの原料となる粉砕された植物性の細胞および細胞間物質から成る組織をいう。その原料植物によって木材パルプ,ぼろパルプ,靭皮のパルプなどに,製法によって機械パルプセミケミカルパルプケミグラウンドパルプ化学パルプに分類され,さらに化学パルプは蒸解薬品により亜硫酸パルプソーダパルプクラフトパルプ,中性亜硫酸パルプなどに分れる。また漂白の有無によってさらし,未さらしの区別がある。 1989年の世界の生産量は1億 6390万t。日本の生産量は 1099万tでアメリカ,カナダに次いで第3位。

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