コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

レバノン内戦 レバノンないせん Lebanese Civil War

2件 の用語解説(レバノン内戦の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レバノン内戦
レバノンないせん
Lebanese Civil War

レバノン国内のキリスト教徒と,イスラム教徒パレスチナ人の連合勢力との間で長期間続いてきた内戦。キリスト教イスラム教のさまざまな宗派グループが複雑な社会を形成してきたレバノンでは,1943年のレバノン国民協約により,32年の人口調査に基づいて,大統領マロン派キリスト教徒,首相はスンニー派イスラム教徒,国会議長はシーア派イスラム教徒というキリスト教徒優位の制度が定められた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

レバノン内戦【レバノンないせん】

1975年―1976年に起きた,レバノンの内戦。複雑な宗派構成をもつレバノンでは,独立以来,人口比に応じてマロン派キリスト教徒が政治の実権を握ってきた。やがてイスラム教徒が多数派となったが,キリスト教徒勢力はこれを認めず,対立が生じた。
→関連項目シリア

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典内のレバノン内戦の言及

【パレスティナ問題】より

…そこでは,ムスリム,ユダヤ教徒,キリスト教徒が共存する単一の民主的・非宗派的パレスティナ社会の建設が目標とされ,イスラエル市民をも巻き込む新しいパレスティナ人の形成が目ざされるようになった。中東戦争ならびにアラブ諸国・イスラエル間の和平の枠組みを維持すべく戦われた73年の第4次中東戦争(十月戦争,ヨーム・キップール戦争)をはさんで,アラブ諸国も,上のような民族的主体性を発展させつつあったパレスティナ人の運動に対して,抑圧(たとえば1970年のヨルダンの黒い九月事件,75年以降のレバノン内戦)と対応(たとえばPLOをパレスティナ人の唯一の正統の代表機関と認めた1974年のラバトでのアラブ首脳会議)との間を揺れ動いた。また,パレスティナ人の民族的自決権,帰郷または補償を受ける権利の承認こそ中東の平和の前提条件であるべきだ,という認識と,これに沿って中東和平問題の過程にPLOを参加させるべきだという要求とが,国際的に広く受け入れられるようになった。…

【レバノン】より

…その混迷は,数次にわたるパレスティナ難民の流入,とくに1970年代,ヨルダン王制のパレスティナ人弾圧(黒い九月事件)以降の大量流入でいっそう深まった。パレスティナ勢力が南レバノンで大きな軍事的勢力となると,1975‐76年には,キリスト教徒諸勢力とイスラム教徒(レバノン人とパレスティナ人)諸勢力が入り乱れるレバノン内戦に発展し,首都ベイルートは東(キリスト教徒地区)と西(イスラム教徒地区)に分断された。キリスト教徒勢力はシリアの軍事介入を要請し,以後シリア軍がレバノンに駐留することとなった。…

※「レバノン内戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

レバノン内戦の関連キーワードムデハルイスラム聖戦機構キリスト教徒レバノン戦争モザイク国家レバノン中東とキリスト教アズーリーオスマン主義バシール[2世]モロモロ

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

レバノン内戦の関連情報