ロンバルディア都市同盟(読み)ロンバルディアとしどうめい

百科事典マイペディアの解説

ロンバルディア都市同盟【ロンバルディアとしどうめい】

中世,北イタリアのロンバルディア諸都市が神聖ローマ皇帝の帝権伸張に対抗して結成した同盟。1167年に始まり,1173年には31都市に増えた。1176年レニャーノの戦で同盟軍は皇帝フリードリヒ1世の軍を撃破。1183年コンスタンツの和約で皇帝の形式的宗主権を認める代りに,自治権を回復した。1226年再度結成され,以後フリードリヒ2世と対抗した。
→関連項目ゲルフ都市同盟

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世界大百科事典 第2版の解説

ロンバルディアとしどうめい【ロンバルディア都市同盟 Lega Lombarda】

12世紀後半~13世紀前半にドイツ皇帝の強力な支配政策に対抗して北イタリアの主要都市が2回結成した大同盟。(1)第1回 神聖ローマ帝国を再建し,イタリアの繁栄する新興諸都市から権力と富を引き出そうと考えたフリードリヒ1世は,1158年イタリア支配を明らかにしたロンカリア立法を制定し,63年北イタリアの雄ミラノを征服し,実際に支配を確立したかにみえた。しかし,これに対抗してミラノを助ける同盟,すなわち64年ベローナ同盟が,さらに67年クレモナとポンティダの両都市代表者会議でロンバルディア諸都市の同盟が結成された。

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世界大百科事典内のロンバルディア都市同盟の言及

【イタリア】より

…11世紀初頭以降,ヨーロッパ全体の経済発展とベネチア,ジェノバを先頭とする地中海商業の展開の中でイタリアの都市は著しく成長し,コムーネ(自治都市)を形成した。12世紀にドイツ皇帝フリードリヒ1世(バルバロッサ)がイタリア征服のため6回の遠征を行ったとき,北イタリアの諸都市はロンバルディア都市同盟を結成して対抗し,ついにコンスタンツの和(1183)によって自立的地位を承認させた。研究者の中には,これ以前を封建時代,以後をコムーネ時代と分ける者がいる。…

※「ロンバルディア都市同盟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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