ドイツ南部,バイエルン州の都市。人口1万1882(1980)。中世都市の姿を保ち,ロマンティッシェ・シュトラーセに沿う観光地。12世紀に城塞(10世紀)に接して四つの門のある中心部が,13世紀に外郭部が成立した。13世紀に帝国都市となり都市貴族の市政が確立し,14世紀に手工業者も市民権を獲得,帝国都市の領域も拡大した。農民戦争を経験,三十年戦争ではプロテスタント側につき,入城したカトリック軍に歓迎の酒宴を開いて破壊を免れた。聖霊降臨祭に行う〈マイスタートルンクMeistertrunk〉の劇はこの故事に由来。1803年バイエルン領となる。ヤコプ教会(14~15世紀)の《聖なる血の祭壇》(木彫,1505ころ)は,彫刻家リーメンシュナイダーの代表作。
執筆者:諸田 實
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ドイツ南部、バイエルン州の小都市。バーデン・ウュルテンベルク州との州境に近いタウバー川沿岸に位置する。人口1万1882(1980)。1144年ホーエンシュタウフェン朝の所領として初めてその名が史料に現れる。1200年ごろ市壁で囲まれ、1241年ごろ都市法が定められ、1274年帝国都市となった。1525年ドイツ農民戦争のとき、市民あげて農民と協力し、タウバータール農民団を結成、ウュルツブルク司教の居城マリエンベルクを攻囲したが、敗退した。三十年戦争(1618~48)中に三度包囲占領され、とくに1631年皇帝軍の将軍ティリに占領されたときには、市長が将軍の面前でビールの大杯を飲み干し、市の焼き払いを免れたといわれ、以後、それが毎年の記念行事となった(現在、市庁舎の時計台の人形仕掛けにこの故事が残る)。1802年バイエルンに所属した。市の囲壁、数多くの塔、16世紀ドイツ屈指の彫刻家リーメンシュナイダーの祭壇彫刻をもつヤコブ教会、木骨建築を主とした古びた家並みなど、中世都市の全容をほぼそのまま残しており、ドイツ有数の観光都市となっている。
[瀬原義生]
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