一之町(読み)いちのまち

日本歴史地名大系 「一之町」の解説

一之町
いちのまち

[現在地名]高山上一之町かみいちのまち下一之町しもいちのまち

しろ山の北麓、みや川と江名子えなこ川に挟まれた平坦地のほぼ中央部に位置し、南北六町二九間(寛政元年「高山三町村覚帳」高山市立郷土館蔵)の細長い町域。東西に横切る安川やすかわ通によって二分され、南半分をかみ町、北半分を下町といった。一之町村に属し、南は神明しんめい町、東は寺内じない町・馬場ばば通、北は一之新いちのしん町、西は二之にの町に接する。飛騨を領した金森長近が天正一六年(一五八八)の高山城築城とともに城下町の経営に着手、城郭北側に広がる宮川右岸の低地帯に南北に長く三筋の町人屋敷町をつくり、東から順に一番いちばん町、二番町、三番町とよんだ。のちに一之町、二之町、三之町となり、三町はほん町とも総称された。なお高山城下古絵図(了徳寺蔵)には、一之町筋に一之町・本町たちばな町・ふくろ町が記される。

金森氏移封後の元禄七年(一六九四)検地によれば屋敷四町七反余・分米四七石二斗余、山畑七畝余・分米一斗余、屋敷持一六二・家数一九三(同八年「一之町村屋舗検地帳」高山市立郷土館蔵)。享保一八年(一七三三)には一一組に分れており、家数二二四(家持一四五・借家五七・地借一三・地役人二・出店一・明家六)、竈数二五一、寺一、人数一千二七(うち僧三)、寛政元年(一七八九)には町内八組に分れ家数一五九・寺一、人数八〇二(うち僧三)(「一之町村家数人別留帳」同所蔵)とやや減少している。


一之町
いちのまち

[現在地名]会津若松市大町おおまち一丁目・中央ちゆうおう一丁目・馬場町ばばまち

馬場町より東の方甲賀こうか町に至る所を上一之町とし、馬場町より西の方大町に至る所を下一之町という。上一之町は長さ一町四七間・幅四間、家数二二、下一之町は長さ二町三一間・幅四間、家数四六(新編会津風土記)。町西端角にある当町検断倉田家は、かつては近江源氏で、近江国甲賀郡に住み、将軍足利家より、軍功により倉田姓を賜ったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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