日本大百科全書(ニッポニカ) 「一次産品問題」の意味・わかりやすい解説
一次産品問題
いちじさんぴんもんだい
開発途上諸国が国際分業により一次産品生産に特化することから生じる先進国との間の経済的格差の問題。一般に一次産品とは、自然から採取されて高度の加工が施されていない天然産品のことをいう。より具体的には、SITC(標準国際貿易分類)の第0~4類と第68類に相当し、食料・飲料類、非食用原料、油脂、鉱物性燃料、金属、鉱産物などがこの範疇(はんちゅう)に含まれる。ただし、1973年のオイル・ショックを契機に、このうちの鉱物性燃料を除いて一次産品とする考え方が一般的となりつつある。
2000年以前の世界経済の構造を大まかにみると、先進諸国は工業製品生産に特化し、開発途上諸国は一次産品生産に特化している。しかし、このような国際分業に基づく先進諸国と開発途上諸国との間の経済的格差が拡大しつつあるところから、一次産品生産特化にかかわる一連の問題が南北問題の一環としてクローズアップされてきている。このような一次産品問題は、(1)一次産品交易条件の長期的不利化傾向、(2)その価格の短期的不安定性、(3)工業部門との相対関係における第一次産業部門の低成長性、という3点に要約できよう。
まず(1)についてみると、1964年の第1回国連貿易開発会議(UNCTAD(アンクタッド))に討議用資料として提出された「プレビッシュ報告」における一次産品問題分析の端緒は、その交易条件の不利化傾向に関する激しい論調で貫徹されている。「プレビッシュ報告」のいう交易条件とは、一次産品(輸出)価格と工業製品(輸入)価格との相対価格を意味する。国際復興開発銀行(IBRD)とUNCTADは、1973年の一次産品価格の暴騰現象が発生するまでの一次産品交易条件の推移を分析しているが、それをみると、一次産品交易条件が長期的にかなり大幅な落ち込み傾向を示していることがわかる。
こういった一次産品交易条件の不利化傾向は、主として次の2点から説明されている。まず第一に、一次産品価格は自由市場経済でその需要・供給状態によって決定されるが、他方、工業製品価格は寡占度の高い市場でコスト要因によって決定される。したがって、もし労働生産性の向上があるとすれば、一次産品の場合にはその利益は需要者に移転してしまい、一次産品価格の低下傾向となって反映されるのに対して、工業製品の場合にはその利益は製品価格の低落となって反映されずに、管理価格のなかに吸収される。また第二には、先進諸国における技術の発達の結果、主として合成品からなる代替商品が出現し、それが一次産品需要の低下、ひいては一次産品価格の低落を招くことになった。
ところで、こういった交易条件の算出には、単に価格ばかりでなく、生産性と品質の変化、観測期間のとり方の相違、国や商品の種類による指数の動きの相違などをも考慮に入れなければならないという問題があり、一次産品交易条件の不利化傾向はかならずしも学問的に確認されたものとはいいがたい。
次に(2)についてみてみよう。工業製品価格に比べると、一次産品価格は激しく、かつ不規則的に変動する。そのために、一次産品輸出への依存度の高い開発途上諸国の輸出所得は激しく変動し、それによって円滑な経済開発への努力が阻害される。このような現象が発生する原因は、一つには前述の一次産品と工業製品との価格形成メカニズムの相違に求められる。すなわち、一次産品価格は需要・供給要因の変化を反映して激しく変動するのに対して、工業製品価格は寡占機構下での管理価格であるがゆえに、直接費だけでなく間接費も含めたフルコスト水準で下方硬直的になる傾向がある。また、もう一つの原因としては、一次産品の需要・供給の価格弾力性が低いことがあげられる。
さらに(3)についてみると、先進諸国での工業生産が高い伸び率を示し、それゆえに工業生産が産業連関を通じる外部経済効果が大きいのに対して、開発途上諸国における第一次産業部門の生産は、とりわけ合成品たる代替商品の出現による需要減退のために緩慢であり、また一次産業部門の生産は産業連関を通じる外部経済効果も相対的に小さい。
これらの問題に対処するために採用されてきた政策が、一次産品価格の安定化施策であり、工業化政策であったとみることができる。一次産品価格の安定化施策としては、まず第一に国際商品協定があげられる。また、価格を市場の動きにゆだね、生産者の所得を安定化させる方法には、補償融資や所得補償に関する国際的な取決めがある。さらに、一次産品価格のインデクセーション、すなわち開発途上国の輸入価格の変動に輸出価格を連動させることによって一次産品の交易条件の維持を図ろうとする方策もある。一方、一次産品生産国の工業化についても、一次産品の加工度の高度化から始まり重化学工業中心の工業化に至るまでの、さまざまな試みがなされてきている。
[入江成雄]
他方2000年代に入り、(1)BRICs(ブリックス)(ブラジル、ロシア、インド、中国)とよばれる国々を代表とする開発途上国の急速な経済発展(一次産品等の産業資源における需要増要因)、(2)1990年代の一次産品市場の低迷によって資源開発投資が停滞していたことによる供給能力の減退、(3)金融のグローバル化の進展で投機マネーが一次産品を中心とする商品市場へ流入したことによる価格高騰および価格変動率(ボラティリティvolatility)の高まりなどにより、一次産品の需給が逼迫(ひっぱく)することが予想されることから、多くの一次産品の価格が高位安定で推移するようになった。そのようななか、資源国では一次産品等の資源に対する国家管理が強まりつつあり、それが世界的な潮流となっていることから、資源国の発言力が高まり、資源国と消費国の力関係も変化してきている。今後も、環境規制の高まり、世界の人口増加、食文化の近代化などにより、このような傾向が続くものと考えられている。
[前田拓生]
『川田侃著『南北問題』(1977・東京大学出版会)』▽『杉谷滋著『開発経済学再考』(1978・東洋経済新報社)』▽『宮川典之著『一次産品問題を考える――史的考察・国際金融・大恐慌』(2009・文眞堂)』