改訂新版 世界大百科事典 「プレビッシュ報告」の意味・わかりやすい解説
プレビッシュ報告 (プレビッシュほうこく)
Prebish Report
1964年ジュネーブで開催された第1回国連貿易開発会議(UNCTAD(アンクタツド))において,討議資料として提出された〈開発のための新しい貿易政策を求めてTowards a New Trade Policy for Development〉と題する基調報告の通称。執筆したUNCTADの初代事務局長でアルゼンチンの経済学者プレビッシュRaúl Prebisch(1901-85)の名をとって,このように呼ばれる。報告はこの会議をリードするガイド・ラインとなったが,この報告書の意義は,既存の国際経済秩序においては不利な立場にたつ発展途上国の立場から,これに実質的な経済的平等と互恵をもたらすように国際貿易の理念や政策を改めることを具体的に提案した点に求められる。
内容
この報告書で,プレビッシュは自由・多角・無差別貿易を基本的な理念とするGATT(ガツト)体制を,先進国にとっては有利であるが南北問題の解決にとっては必ずしも望ましくないという観点から厳しく批判している。彼によれば,GATTの精神に基づく貿易原則は,国際経済社会が均質的な国々から構成されているという非現実的な仮定に立ち,発展途上国をも含めた世界経済の運営を市場メカニズムにゆだねようとするものである。しかし発展途上国の多くは植民地としての経験をもち,現実には植民地本国との間に構造的な相違が存在する。彼が独自に展開した中心国-周辺国理論(C-P理論)によると,現在の世界経済は,技術が進み工業が発達した中心国と,一次産品生産に極端に偏ったいわゆるモノカルチャー経済構造をもつ周辺国peripheryとに分けられる。そして,周辺国である植民地が中心国である本国から輸入する,工業品に対する需要の所得弾力性は大きいのに対し,周辺国が本国へ輸出する一次産品に対するそれは小さく,その結果,この両地域で所得の成長に格差が生じるか,それとも貿易バランスが周辺国に不利化せざるをえない。したがって,南北問題を解決するにはこうした構造自体を根本的に是正することが必要であり,それには計画的な開発政策や貿易政策が不可欠である。換言すれば,この問題の真の解決を目ざすための新たな国際経済秩序は,このような国際経済の現状を十分考慮した現実的な土台に立脚し,発展途上国の経済発展を促進するようなメカニズムを内包したものでなければならない(ちなみにこのC-P理論の考え方はその後,先進国と発展途上国の間の関係を支配と従属の関係としてとらえようとする〈従属論〉へと受け継がれている)。
提言
この報告書では以上のような基本的認識に立って,次のような具体的な提言がなされている。(1)先進国が発展途上国からの一次産品輸入に対して一定の目標を設定すること,(2)国際商品協定を締結して一次産品の国際価格を安定化し(ないしは引き上げ),発展途上国の輸出収入を保証する(ないしは増加させる)こと,(3)先進国の国内市場において,発展途上国からの輸入品に対し特恵措置を講じること,(4)発展途上国の国内市場において,他の発展途上国からの輸入品に対し特恵措置を講じること,(5)発展途上国の交易条件悪化に対して補償融資を行うこと,(6)発展途上国の対外債務を軽減するための種々の調整を実施すること,(7)発展途上国の対共産圏貿易を拡大すること,(8)GATTその他の国際経済機構を改革し,これを先進国と発展途上国の構造的な不平等の影響を十分に考慮したものとすること。以上のように,この報告書は南北問題の重大性を世界に訴えるとともに,国際貿易上の問題点を発展途上国全体の立場から包括的に取り上げ,発展途上国の経済発展を実現するために果たされるべき国際経済上の課題を大胆に析出したもので,南北問題を考えるうえできわめて重要な文献となっている。今日,先進国が経済協力の拡大を当然のこととして受けとめ,発展途上国の輸出品に特恵関税制度を適用するに至っているのもこの報告書によるところが大きい。
→南北問題
執筆者:村上 敦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報