七曲峠(読み)ななまがりとうげ

日本歴史地名大系 「七曲峠」の解説

七曲峠
ななまがりとうげ

京都郡と田川郡を結ぶ主要路(香春道ともいう)にあった峠。貫(ぬき)山山地の一画、障子(しようじ)ヶ岳の南麓、上野(うえの)村と鏡山(かがみやま)村(現香春町)との境界に位置する。標高約三〇〇メートルで、難所であった。シチマガリとも通称した。正保国絵図には「七曲ヨリ上野マデ十八町」とあり、上野村から登り、当峠を越えて秋月街道の香春(かわら)宿(現香春町)に連絡した。元禄七年(一六九四)五月五日、当峠を越えた貝原益軒は「鏡山村を過行ば、其東に、七曲とて高き嶽(たふげ)あり。


七曲峠
ななまがりとうげ

登米郡東和町の米川(よねかわ)地区から岩手県東磐井(ひがしいわい)郡藤沢(ふじさわ)町方面へ越える県境の峠。標高約三〇〇メートル、三峰(みつみね)山(三一六・二メートル)の東尾根をよぎるかたちで道筋は屈曲を重ね、七曲りの呼名にふさわしい難路であった。「狼河原村安永風土記」に「七曲峠坂、但狼河原村ヨリ東山藤沢町江之海道、坂之頂上、右藤沢村境大難所ニ御座候」「道、狼河原町ヨリ東山藤沢町黄海町江之道、壱筋」とある。七曲峠のほかに「取上石坂、但狼河原町ヨリ東山黄海町江之海道、右黄海村境ニ御座候」「御村境、北之境ハ東山黄海村取上石と申所」という記載があり、さらに「八幡坂、但狼河原町ヨリ北之方江之出口、東山藤沢町黄海町迄之海道」とみえる。八幡坂は七曲峠と取上石(とりあげいし)峠とに分岐する以前の山坂道であったろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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