下御深井庭跡(読み)したおふけにわあと

日本歴史地名大系 「下御深井庭跡」の解説

下御深井庭跡
したおふけにわあと

[現在地名]北区名城

名古屋城の北部一帯を占める広大な庭園の跡。台地北端にある本丸や二の丸からは一段低く、堀を隔てた湿地(深井は低湿地の意)に設けられ、周囲には用水矢来土居などをめぐらし、東南隅に高麗こうらい門、西南隅に茅庵ぼうあん門があった。庭内には長さ七〇〇メートルに及ぶはす池はじめ、大小の池や築山が多く、松・杉・樅などが茂って、風趣に富むと同時に外部からの見通しをさえぎる効果があった。そのほか瀬戸・松山などの茶室や竹藪・茶畑もあり、蓮根・蓴菜・竹の子・茶などを産した。蓮池の岸には船番所が置かれ、正月二日には船玉祭が催された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む