日本歴史地名大系 「下郡」の解説
下郡
しもごおり
- 徳島県:総論
- 下郡
吉野川支流の鮎喰川下流域には弥生時代の遺跡や
下郡
かずらきのしもぐん
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
吉野川支流の鮎喰川下流域には弥生時代の遺跡や
下郡出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…評も郡もともに〈こおり〉と読まれたらしいが,郡は評を継承しつつ701年(大宝1)の大宝令の制定とともに始まり,〈改新之詔〉はそれにもとづいて作文されたものと考えられている。令の規定では,50戸よりなる1里(のち郷と改称)で20里以下16里以上を大郡,12里以上を上郡,8里以上を中郡,4里以上を下郡,2里以上を小郡とし,各郡ごとに郡家(ぐうけ)とよばれる役所を置き,郡司(大領・少領・主政・主帳の四等官)が政務をとった。713年(和銅6)5月,《風土記》の撰進が命ぜられたのと同時に郡郷の名には好字が使われるようになった。…
※「下郡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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