中丸精十郎(読み)なかまる せいじゅうろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中丸精十郎」の解説

中丸精十郎 なかまる-せいじゅうろう

1840-1895 明治時代の洋画家。
天保(てんぽう)11年生まれ。日根対山に文人画を,川上冬崖(とうがい)に洋画をまなぶ。工部美術学校(東京芸大の前身)でフォンタネージに師事した。一時,参謀本部陸地測量部につとめ,作品には軍人の肖像画がおおい。門下に藤島武二らがいる。明治28年11月15日死去。56歳。甲斐(かい)(山梨県)出身。号は金峰。

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367日誕生日大事典 「中丸精十郎」の解説

中丸 精十郎 (なかまる せいじゅうろう)

生年月日:1840年1月1日
明治時代の洋画家
1895年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の中丸精十郎の言及

【明治・大正時代美術】より

…一方,高橋の師川上冬崖や,横山松三郎(1838‐84),国沢新九郎(1847‐77)らも画塾を開いて,洋画研究の道を進めている(画学校)。 日本で最初の正則の西洋画教育を行った工部美術学校からは,フォンタネージの薫陶のもとに浅井忠,五姓田(ごせだ)義松,小山正太郎,松岡寿(ひさし)(1862‐1943),山本芳翠,中丸精十郎(1841‐96),高橋(柳)源吉(1858‐1913)ら明治中期を代表する洋画家が育った。フォンタネージはバルビゾン派の影響を受けた,イタリアでは一流の画家で,工部美術学校でもその画技と人格を敬愛されたが,78年脚気を病んでイタリアに帰る。…

※「中丸精十郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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