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中丸精十郎 なかまる せいじゅうろう

美術人名辞典の解説

中丸精十郎

洋画家。山梨県生。号は金峰。満田信了について書を学び、京都で日根野対山南画を学ぶ。のち洋画を志して上京、川上冬崖フォンタネージに師事する。のち陸軍に出仕し、『写景法範』『洋式画手本』などの陸軍文庫の挿絵を多く手がけたほか、軍の将官を描き肖像画家として名をなす。東京神田に画塾を開き、藤島武二大下藤次郎らの門弟を育てる。明治美術会創立に伴い会員となった。明治29年(1896)歿、55才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中丸精十郎 なかまる-せいじゅうろう

1840-1895 明治時代の洋画家。
天保(てんぽう)11年生まれ。日根対山文人画を,川上冬崖(とうがい)に洋画をまなぶ。工部美術学校(東京芸大の前身)でフォンタネージに師事した。一時,参謀本部陸地測量部につとめ,作品には軍人の肖像画がおおい。門下に藤島武二らがいる。明治28年11月15日死去。56歳。甲斐(かい)(山梨県)出身。号は金峰。

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朝日日本歴史人物事典の解説

中丸精十郎

没年:明治28.11.15(1895)
生年:天保11.1.1(1840.2.3)
明治期の洋画家。甲府生まれ。号金峯。京都で日根対山に南画を学び,明治5(1872)年上京後川上冬崖に洋画を学ぶ。7年陸軍に出仕,このころ玉越与平に解剖学を学んだ。陸軍文庫刊の『写景法範』『洋式画手本』などの挿絵を多く手がけたほか,16年には軍の将官を描き肖像画家として画名を高め,翌年,大山巌,川路利良らの肖像を描く。一方,神田猿楽町に画塾をおこし,藤島武二,大下藤次郎ら門弟を育成した。22年明治美術会創立に参加。作品に「瀑」など。白馬会会員の中丸精十郎は2代目。

(三輪英夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典内の中丸精十郎の言及

【明治・大正時代美術】より

…一方,高橋の師川上冬崖や,横山松三郎(1838‐84),国沢新九郎(1847‐77)らも画塾を開いて,洋画研究の道を進めている(画学校)。 日本で最初の正則の西洋画教育を行った工部美術学校からは,フォンタネージの薫陶のもとに浅井忠,五姓田(ごせだ)義松,小山正太郎,松岡寿(ひさし)(1862‐1943),山本芳翠,中丸精十郎(1841‐96),高橋(柳)源吉(1858‐1913)ら明治中期を代表する洋画家が育った。フォンタネージはバルビゾン派の影響を受けた,イタリアでは一流の画家で,工部美術学校でもその画技と人格を敬愛されたが,78年脚気を病んでイタリアに帰る。…

※「中丸精十郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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