中華人民共和国の中央銀行で、国務院に直属している。中国語では「人行(レンハン)」、英語ではPBOC(Peoples Bank Of China)と略称される。
[平野勝洋]
1948年12月1日、華北(かほく/ホワペイ)人民政府によって、華北銀行を中核に、北海(ほっかい/ペイハイ)銀行、西北(せいほく/シーペイ)農民銀行の三つの解放区の辺区銀行を統合して、河北(かほく/ホーペイ)省石家荘(せきかそう/シーチヤチョワン)に設立され、1949年中華人民共和国の成立に伴って北京(ペキン)に移転、中央銀行として改組された。発足以来、発券銀行としての業務に加え、国庫業務の代理、全国利子率の決定、通貨供給の管理、金融諸機関の監督と指導、金・銀の管理、国家外国為替(かわせ)管理局を通じての外国為替管理などのほか、一般国民の預貯金受け入れ、各企業・組織との預金・貸付業務および振替決済、各企業・組織が労働者に支払う賃金基金の管理など多岐にわたる業務を担ってきた。また、中国唯一の外国為替専門銀行であった中国銀行(Bank of China)を国務院の指導に基づいて代行管理していた。
中国人民銀行は、このように発足以来長期にわたり、中央銀行業務と普通銀行および貯蓄銀行業務を兼営していることが大きな特色となっていた。しかし、1979年以降、経済改革・対外開放の進展するなかで、1980年代になって、資本の有効利用の観点から、財政と金融の分離、銀行機能の活用が重視されるところとなり、1984年1月には、人民銀行から普通銀行と貯蓄銀行部門が切り離され「中国工商銀行」として設立され、以後、中国人民銀行の主たる役割は中央銀行として機能することとなった。さらに1980年代後半から1990年代前半にかけて、金融制度の改革およびその中心的テーマとしてこの中央銀行機能の強化が唱えられた。四大国有商業銀行(中国工商銀行、人民建設銀行、中国農業銀行、中国銀行)の業務分野の相互乗り入れ、交通銀行などの株式制銀行の新設、都市、農村の協同組合型組織である信用合作社の整理・統合などが進められ、中国人民銀行の指導監督の権限・責任も拡大された。
[平野勝洋]
1993年、国務院は金融体制改革を正式に決定。1994年には、中国人民銀行行長(総裁)を兼任した当時の国務院副総理朱鎔基(しゅようき/チューロンチー)により、広範囲に及ぶ経済改革方針が打ち出されたが、金融体制改革は、その最重要な柱と位置づけられた。商業銀行法の制定などにより、国有商業銀行の経営合理化のために独立採算制への方向を進める一方、中国人民銀行の金融機関に対する指導強化の措置が図られた。また、当時のインフレ高潮を背景に、通貨供給量の管理や金利調整など中央銀行機能を通じてのマクロ経済コントロールの強化が強調された。
1995年3月、「中華人民共和国中国人民銀行法」が全国人民代表大会(全人代と略される。日本の国会に相当する機関)において承認され、人民銀行は、初めて国家の立法に基づく形で中央銀行の地位を確立した。
1998年3月には、新たに国務院総理(首相)に就任した朱鎔基が、いわゆる「三大改革」を公式に発動し、行政機構の改革、企業体制の改革とともに金融改革が経済改革の主柱となった。この改革は、朱鎔基が3年間の時限を設定して、不退転の決意の表明の下に進められた。そのおもな内容は次のとおりである。
(1)金融政策ツール(手段)の拡大にかかわる事項 預金準備率制度の改革、貸出金利変動幅の拡大、違法外貨流出取締りなどの外国為替管理強化など。
(2)金融機関の自主裁量権限の拡大と競争環境の醸成 四大商業銀行の融資規制枠撤廃、消費者金融など業務分野の拡大、外国銀行支店に対する人民元業務の認可など。
(3)金融機関に対する監督強化 金融機関の債権分類基準の厳密化、違法金融機関と違法金融業務に対する取締り実施など。
(4)不良資産処理および金融機関リストラの実施 巨額の公的資金の導入による不良債権処理、国有商業銀行の支店数および職員数の大幅削減、業績不振金融機関の整理・統合など。
(5)金融関連分野の育成と管理強化 証券法の制定、保険法の策定検討など。
[平野勝洋]
この金融体制改革を実施する際のおもな推進機関は、中央銀行である中国人民銀行であったが、人民銀行自体も改革の重要な対象とされた。1998年11月北京で開催された全国分行(支店)長会議において、中国人民銀行は、省レベルの分行を廃止し、九つの分行(区域分行――広域支店)を設置し、広域金融行政を行うことをはじめ、総行(本店)の機構改革を含む大きな改革の実施を決定した。この区域分行9行の設置の趣旨は、前記分行長会議における温家宝(おんかほう/ウエンチアパオ)(当時副総理、党中央金融工作委員会書記)の発言のなかで次のように述べられている。「中央銀行の通貨政策実施の権威強化、金融監督・管理の独立性強化に役だち、省の枠を越えた範囲で監督・管理陣を統一的に調整し、各方面の干渉から脱却し、規程に反した金融機関と責任者を厳しく処分し、金融監督・管理の効率を高めるものである」。このように、改革の大きなねらいは、従来、地方政府が、省レベル分行の金融行政や貸出し決定、さらに分行人事に至るまで、大きな影響力を行使し、いわゆる「指令融資」に陥りやすかった弊害を排除し、地方の金融に対する中央の施策や管理を行き届かせることにあった。この区域分行制は、アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)を参考にしており、1994年の改革時に案として浮上したものである。しかし、地方勢力の反対や、各分行管轄区域の区分けについての意見調整が難航したこともあり延期されてきたが、1997年年央に発生したアジア通貨危機の教訓から、中央銀行の対金融機関監督・管理強化の必要性が痛感され、実現に至ったものである。
2003年、中国共産党の二中全会(第16期中央委員会第2回全体会議)と全人代を通過した、国務院をはじめとする行政管理体制・機構改革案に沿って、さらなる人民銀行の改革が行われた。すなわち、銀行、金融資産管理会社、信託投資会社、その他の貯蓄金融機関などを監督・管理・指導する国家機関として、「中国銀行業務監督管理委員会」を新たに設置し、これまで人民銀行が担ってきたそれら機能を人民銀行から分離した。
2003年12月には、全人代常務委員会にて、前記の改革を盛り込んだ「中華人民共和国中国人民銀行法(修正)」案が承認され、これが人民銀行の現在の地位、業務内容、権限と責任などに関する根拠法となっている。同法第2条には、人民銀行の職能について、「国務院の指導の下、通貨政策を定め実行し、金融リスクを防止・解消し、金融の安定を図る」ことと明記されている。
現在、人民銀行は、前記改革を経て、もっとも主要な役割となった金融政策を通じてのマクロ経済のコントロール機能を強化しつつある。そのおもな政策手段は、(1)貸出・預金金利の引上げ引下げ、(2)預金準備率の引上げ引下げ、(3)「窓口指導」などによる銀行融資の量的規制、(4)人民元為替相場への介入による調節、(5)公開市場操作、などである。
しかし、現状、これらの金融調節ツールが有効に機能するために必要な、インターバンク・コール市場(銀行間の短期資金市場)や債券流通市場などの制度やシステムが未成熟であり、人民銀行が今後、さらにその機能を十分に発揮してゆくうえで、これらの早急な整備がきわめて重要な課題となっている。
[平野勝洋]
人民銀行トップである行長(総裁)は、国務院(行政を担当する機関)の閣僚のポストであり、現在は周小川(しゅうしょうせん/チョウシヤオチョワン)(1948― )が担当している。就任前は対外経済貿易省などに勤務し、国際経済・金融に通じ、前総理である朱鎔基のブレーンの一人として知られる。1998年中国建設銀行行長、2002年2月中国証券監督管理委員会主席を経て、2002年12月総裁に就任した(2008年3月再任)。
[平野勝洋]
内部の組織は、次の18の司・局からなる。(1)弁公庁、(2)条法司、(3)通貨政策司、(4)金融市場司、(5)金融安定司、(6)調査統計司、(7)金融財務司、(8)会計財務司、(9)科学技術司、(10)貨幣金銀局、(11)国庫局、(12)国際司、(13)内部審査司、(14)人事司、(15)研究局、(16)征信管理(信用情報管理)局、(17)反資金洗浄(アンチ・マネー・ロンダリング)局、(18)党委員会宣伝部。
直属単位(組織)として、次の13機構があげられる。(1)中国反資金洗浄監測分析センター、(2)中国人民銀行信用情報レファレンスセンター、(3)中国外為取引センター、(4)中国金融出版社、(5)中国時報社、(6)中国人民銀行清算総センター、(7)中国紙幣印刷造幣総公司、(8)中国金幣(金貨)総公司、(9)中国金融電子化公司、(10)中国人民銀行研究生部(大学院)、(11)中国人民銀行北京培訓(研修)学院、(12)中国人民銀行鄭州培訓(研修)学院、(13)中国銭幣博物館。
[平野勝洋]
総行(本店)は北京に置かれ、分行(いくつかの省・自治区にまたがる広域を管轄する大支店)は、現在9か所にあり、それぞれの管轄地域は次のとおりである。
(1)天津(てんしん/ティエンチン)――天津市、河北省、山西(さんせい/シャンシー)省、内モンゴル自治区
(2)瀋陽(しんよう/シェンヤン)――遼寧(りょうねい/リヤオニン)省、吉林(きつりん/チーリン)省、黒竜江(こくりゅうこう/ヘイロンチヤン)省
(3)上海(シャンハイ)――上海市、浙江(せっこう/チョーチヤン)省、福建(ふっけん/フーチエン)省
(4) 南京(なんきん/ナンチン)――江蘇(こうそ/チヤンスー)省、安徽(あんき/アンホイ)省
(5)済南(さいなん/チーナン)――山東(さんとう/シャントン)省、河南(かなん/ホーナン)省
(6) 武漢(ぶかん/ウーハン)――江西(こうせい/チヤンシー)省、湖北(こほく/フーペイ)省、湖南(こなん/フーナン)省
(7) 広州(こうしゅう/コワンチョウ)――広東(カントン)省、広西チワン族自治区、海南(かいなん/ハイナン)省
(8) 成都(せいと/チョントゥー)――四川(しせん/スーチョワン)省、貴州(きしゅう/コイチョウ)省、雲南(うんなん/ユンナン)省、チベット自治区
(9)西安(せいあん/シーアン)――陝西(せんせい/シャンシー)省、甘粛(かんしゅく/カンスー)省、青海(せいかい/チンハイ)省、寧夏(ねいか/ニンシヤ)回族自治区、新疆(しんきょう/シンチヤン)ウイグル自治区。
なお、北京と重慶(じゅうけい/チョンチン)の両特別市については、総行(本店)のなかに設置された営業管理部が直接管理する。また、中心支行(都市レベルの大・中規模支店)は339行、支行(県、市レベルの小規模支店)は1766行の体制となっている。
海外には、駐アメリカ(ニューヨーク)、駐ヨーロッパ(ロンドン)、駐フランクフルト、駐東京、駐アフリカ(ナイジェリア)、駐南太平洋(オーストラリア)の六つの代表処と駐カリブ地域開発銀行連絡所を有する。
[平野勝洋]
人民銀行が主管するおもな定期刊行物は次のとおりである。(1)『中国人民銀行年報』(年刊)、(2)『通貨政策執行報告』(季刊)、(3)『金融時報』(日刊)、(4)『中国金融』(半月刊)、(5)『金融博覧』(月刊)、(6)『金融研究』(不定期)、(7)『中国金融年鑑』(中・英文、年刊)、(8)『金融会計』(月刊)、(9)『中国金融家』(季刊)、(10)『金融電子化』(月刊)、(11)『中国銭幣』(季刊)、(12)『中国貨幣市場』(月刊)等。
[平野勝洋]
中国の国家銀行で中央銀行。日本の日本銀行に相当する。中国共産党は各解放区に一つの銀行を設立し金融財政政策を行ってきたが,全国統一に向かうにともない,1948年12月,華北銀行を中心に中国人民銀行を設立した。中華人民共和国成立以後は国民政府の銀行と民間都市銀行を国有化し,人民銀行の配下に収めた。その業務は発券,預貯金,貸付,国有部門各単位の収支勘定監督など幅広い業務を担当することとなった。
1950年代,60年代前半までは人民銀行以外に専門国家銀行があった。外貨を取り扱う中国銀行,長期投資を担当する建設銀行,農村全域の金融を扱う農業銀行,保険全体を扱う人民保険公司等である。この制度を国家銀行多行制と呼ぶ。しかし,60年代後半の文化大革命期以後は,中国銀行を除きすべて中国人民銀行の中に吸収した。1979年からの経済改革期に入り,再び多行制を復帰させ,新たに国営の工商銀行,投資信託銀行などを設立した。そして,83年9月,中国人民銀行を他の先進諸国のように中央銀行機能のみに特化させる決定を行い,個人および企業への信用業務をいっさい行わないようにした。中央銀行機能の最も重要なものは全国金融業務を管理し,金融政策を行うことである。金融政策には,(1)公定歩合による金利政策,(2)公開市場操作,(3)支払準備率政策,(4)窓口規制などの直接規制の四つがある。90年代後半でも,(1)は部分的にしか,(2)はほとんど機能していない。人民銀行が用いられる金融政策は(3)(4)と部分的に(1)である。
執筆者:小島 麗逸
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(2015-8-14)
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