人民公社(読み)じんみんこうしゃ(英語表記)Ren-min gong-she

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

人民公社
じんみんこうしゃ
Ren-min gong-she

中華人民共和国政府のもとで農村に組織された農業生産合作社を基礎に,1958年夏に成立したもので,行政部門と農工業生産部門,学校,民兵などを含む中国独自の社会の末端権力組織。 72年末には7万 5000社,1社平均 3000~6000戸,耕地 2000ha弱であった。人民公社の組織は,公社,生産大隊,生産隊の3級に分れ,一般に生産隊は,基本的な生産手段である土地,役畜,小型農具などをもち,生産大隊は中・大型農具,農産物加工や農機具修理の小型工場などをもち,公社は比較的大きい農機具工場や水利施設などをもつというように,生産手段を3級でそれぞれ所有し管理した。発足当時,すべての生産手段を公社の集団所有と全人民所有に移すなどしたため,多くの混乱と農民の生産意欲の減退を招いた。これを是正するため,59年8月党中央は公社の後退措置を断行,基本採算単位を1級下の生産大隊 (200~300戸) の二級所有制に移し,62年さらに生産隊 (30~50戸) の三級所有制に後退させた。また,自留地,自由市場,自己の単独経済企業を認め,1戸ごとに農業生産を請負わせる「三自一包」政策が実施された。これらの政策は,重大な反毛思想として,文化大革命で厳しく批判された。文革後は,行政と生産組織を分離する方向が打出され,家族を単位とする農村の「請負制」実行を背景に,82年4月,中国共産党中央と国務院は農村では行政と生産・経営組織を分離し,郷政権を設置,人民公社を集団経済の組織として継続することを決定した。しかし 79年以来の開放経済体制のもとで,すでに人民公社はその存在意義を失いつつあり,83年から 85年にかけてほぼ解体された。中国農業は集団生産から戸別農家による生産に移行した。

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デジタル大辞泉の解説

じんみん‐こうしゃ【人民公社】

中華人民共和国で、1958年以来、農業生産合作社地方行政機関を一体化して結成された、地区組織の基礎単位。農業の集団化を中心に、政治・経済・文化・軍事などのすべてを包括する機能をもった。1982年の憲法改正による政社分離の原則に従って解体された。→生産請負制

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百科事典マイペディアの解説

人民公社【じんみんこうしゃ】

中国で1958年以来推進されてきた,農業その他の産業部門を含む集団組織。中国では土地改革の後,互助組,合作社(がっさくしゃ)の形態で農業集団化が進められ,〈大躍進〉の中でその一層発展した形態として人民公社が生まれた。合作社に比べて大規模で,農業のほか工業・商業その他を含み,村役場,学校,民兵組織をもち,〈政社合一〉といわれるコミューンをめざした。郷(村)を基礎にいくつかの合作社と,その他の組織を合体して作られ,内部構成は公社・生産大隊・生産隊の3級所有制をとっていた。1980年代の改革により生産請負制が導入され,各農家に土地を貸与する方式に移行し,1985年には人民公社の解体が完了した。
→関連項目改革・開放新郷中華人民共和国中国共産党

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世界大百科事典 第2版の解説

じんみんこうしゃ【人民公社 Rén mín gōng shè】

ここでは中国における人民公社の成立と変遷,特徴,構造,理念と評価について述べる。
[成立と変遷]
 中国の農村では,1949年の解放後,土地改革,互助組,初級合作社,高級合作社(〈合作社〉の項参照)を経て58年に人民公社が誕生した。これは,1957年秋から58年春にかけて農村での大規模な水利建設,土壌改良などの農地基本建設が実施されたが,その際,従来の高級合作社の範囲では労働力,資材等を調達できないために誕生したものである。

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大辞林 第三版の解説

じんみんこうしゃ【人民公社】

中華人民共和国で、1958年の「大躍進」の中でつくられ始めた、生産組織と行政組織が合体した地区組織の基礎単位。政治・経済・文化・軍事を包含した機能をもっていたが、82年の新憲法で行政機能は郷人民政府に移され、解体された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

人民公社
じんみんこうしゃ
people's commune

1958年に創設された中国農村の行政・経済機構。農業集団化に成功した中国は、1958年なかばごろから従来の農業生産協同組合を合併させ、工業、農業、商業、学校、民兵の各組織を含み、またいままでの郷(ごう)政府のもっていた行政機能をもあわせもつ人口数万にも達する一大コミューンをつくり始めた。毛沢東(もうたくとう/マオツォートン)の「人民公社はすばらしい」ということばにも励まされ、わずか1、2か月のうちに全国99%の農家が参加する人民公社化運動が展開された。「一大二公」(規模が大きくて公共的)が理想とされ、食事の無料供給を行う「公共食堂」が設けられたり、さらに一部の地域では公社規模での所有、管理、分配が行われた。
 しかし1959~1961年の自然災害(それには公社化が引き起こした人災という面もあった)と、それによる農業、農民の疲弊の結果、人民公社制度は再編を余儀なくされた。1961年以降、最末端単位である20~30戸からなる生産隊を基本単位とし、そこが土地を集団所有するとともに、生産・分配の意思決定権をもち、その上の生産大隊が比較的大型の資本を有し、さらに公社が灌漑(かんがい)設備や大型トラクターといった大規模な資本を所有・管理するといった「三級所有制」ができあがった。また、この人民公社体制のもとで、農民は基本的医療、教育、あるいは生活を保障される体制にはなってきた。
 農民は生産隊の集団耕作に参加し、各自労働力の質と作業種ごとに決められた労働点数を記録し、その年の収益を各人の労働日(1労働日は通常10点)に応じて分配する。ただし、収穫の変動が激しく、しかも政府により農産物価格や原材料価格を決められているために、1労働日当りの単価は低く、しかも変動が大きい。それを補うのが、耕地の5%を限度として各農家に経営と生産物の処分がゆだねられた自留地による所得であった。
 機構としての公社制度をみると、公社の幹部は上級の行政単位である県から任命され、また中国の他の機構と同様に、公社の運営は実質上公社の党委員会が実権を握っていた。しかし末端の生産隊や生産大隊の幹部は、比較的民主的に成員が選出していた。
 1976年の「四人組」失脚以後、それまでの人民公社制度の非効率性や国家による干渉が批判され、個々の農家の生産意欲を刺激するために、自留地の拡大とともにさまざまな請負耕作制、とりわけ農家ごとの請負制の普及が図られ、農業の脱集団化が進められた。さらに1982年の憲法において、1958年以前の郷政府制が復活して、公社から行政機能がなくなり、それとともに人民公社の看板が下ろされ、名実ともに人民公社は解体したといえる。全国に5万6000あった人民公社は、末端の行政組織である、郷政府(3万4100)、鎮(ちん)政府(1万4100)に変身した。これら行政政府や農民が所有、経営する企業(郷鎮企業)は、1970年代末からの改革・開放後、中国の市場経済化の推進役となっている。企業数は2000万社を超え、2007年末の従業員数は1億5090万人である。[中兼和津次]
『福島正夫著『人民公社の研究』(1960・御茶の水書房) ▽嶋倉民生・中兼和津次編『人民公社制度の研究』(1980・アジア経済研究所) ▽近藤康男・阪本楠彦編『社会主義下甦る家族経営』(1983・農山漁村文化協会) ▽日中経済協会編・刊『人民公社解体下の中国農業と農業協力』(1984) ▽楊勲・劉家瑞著、杉野明夫監訳『中国農村改革の道――人民公社解体と請負制』(1989・大阪経済法科大学出版部) ▽丁抒著、森幹夫訳『人禍 1958~1962――餓死者2000万人の狂気』(1991・学陽書房) ▽渡辺利夫編『中国の経済改革と新発展メカニズム』(1991・東洋経済新報社) ▽上野和彦編著『現代中国の郷鎮企業』(1993・大明堂) ▽中村則弘著『中国社会主義解体の人間的基礎――人民公社の崩壊と営利階級の形成』(1994・国際書院) ▽杉野明夫著『中国社会主義の再生』(1995・大阪経済法科大学出版部) ▽小林弘二著『20世紀の農民革命と共産主義――中国における農業集団化政策の生成と瓦解』(1997・勁草書房)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

じんみん‐こうしゃ【人民公社】

〘名〙 中華人民共和国で一九五八年以来つくられ始めた農村の行政・経済の基礎単位。農業合作社の行きづまりを打破して、増産のために必要な労働や資本を集中的に活用することを目的とした国家計画経済の末端組織。七八年以降、経済的役割を縮小し、八二年の新憲法による郷政府制の復活によって解体した。

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世界大百科事典内の人民公社の言及

【信陽】より

…南方には華北と華中を区切る桐柏・大別山地が横たわり,これらの山脈を横切る武勝,平靖,黄硯の三関は義陽三関と呼ばれ,古来中国が南北に対立するときは常に争奪の目標となった軍事上の要地である。河南省南部における経済の中心で,1957年には全国に先駆けて大型の農業生産協同組合を組織し,人民公社を生み出すきっかけとなった。【林 和生】。…

【大躍進】より

…党の路線については〈2本足〉の方針,すなわち工業も農業も,大都市も中小都市も,大工場も中小工場も,先進技術も在来技術も,いずれをも発展させてゆこうという方針が採択された。社会制度における顕著な変化は人民公社化である。それまでは,農村組織はソ連のコルホーズ型の高級合作社を主とする考えであった。…

【中華人民共和国】より

…外国から入ってきたものは,〈洋法〉)による小型高炉が全国いたるところに作られ,その火が中国の空を焦がした。また,農業では,58年の夏から翌年の春にかけてのわずか半年間に,全国に74万余りあった高級農業生産協同組合(平均160戸)が2万4000余りの人民公社(平均5000戸)に改組され,〈政社合一〉の新しい権力機構は,共産主義の入口にあるものとされた。かくして,〈総路線〉〈大躍進〉〈人民公社〉の〈三本の赤旗〉が,中国を社会主義から共産主義へ導く方向として確定され,毛沢東の過渡期社会のイメージがまとまった像を結んだ。…

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