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中山美石 なかやま うまし

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美術人名辞典の解説

中山美石

徳川中期の歌人。三河国吉田藩士。通称弥助。本居宣長の門に入り歌学を修む。『後撰和歌集新抄』二十巻、同別記一巻、他著書あり。天保14年(1843)歿。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中山美石 なかやま-うまし

1775-1843 江戸時代後期の武士,国学者。
安永4年10月10日生まれ。三河(愛知県)吉田藩士。本居大平(もとおり-おおひら)に歌学を,大田錦城に儒学をまなび,文化14年藩校時習館の教授となった。天保(てんぽう)14年8月6日死去。69歳。通称は弥助。編著に「後撰集新抄」「飢饉(ききん)の時の食物の大略」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

なかやまうまし【中山美石】

1775‐1843(安永4‐天保14)
江戸後期の国学者。本居大平(おおひら)の門人。三河吉田藩士。通称弥助。遠江新居関所の役人などを勤めながら国学に励み,師の大平をはじめ内山真竜夏目甕麿(みかまろ),石塚竜麿などと交友。1817年(文化14)藩校時習館の教授となり,藩主松平信順の国学の師としても仕えた。名古屋の書肆万巻屋の息子浜田孝国を大平の養子に斡旋した。彼が後の本居内遠(うちとお)である。編著は《後撰和歌集新抄》。【南 啓治】

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