五木村(読み)イツキムラ

デジタル大辞泉 「五木村」の意味・読み・例文・類語

いつき‐むら【五木村】

五木

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

日本歴史地名大系 「五木村」の解説

五木村
いつきむら

面積:二五二・〇五平方キロ

球磨郡最北端にあり、村全体が九州山地の尾根部にあたるため、一〇〇〇メートルを超す山々が連なる。北は八代郡いずみ村・東陽とうよう村、西は同郡坂本さかもと村、東は水上みずかみ村、南は多良木たらぎ町・相良さがら村・山江やまえ村に接する。村面積の九六パーセントが山林で林業が主産業。山地のため雨が多く、年平均二九〇〇ミリを超える。とくに夏に多く、昭和三八―四〇年(一九六三―六五)には連続して大水害に見舞われた。


五木村
ごきむら

[現在地名]野田市五木・五木新町ごきしんまち春日町かすがちよう五木新田ごきしんでん

岩名いわな村の東に位置する。地内遠藤家の墓地には文明一二年(一四八〇)銘などの武蔵型板碑がある。「永正十五年道者日記」には「こき」とみえ、「大せん殿」の在所であった。天正二年(一五七四)一二月二日の古河公方足利義氏料所目録(喜連川文書)には庄内河辺のうちとして五木とみえ、土肥次郎が知行していた。寛文期(一六六一―七三)と推定される国絵図に村名がみえ、貞享五年(一六八八)の田畑石高帳(渡辺家文書)では古高二九石余・新田古高五斗余・新高三八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「五木村」の意味・わかりやすい解説

五木〔村〕
いつき

熊本県中南部,九州山地の村。球磨川の支流川辺川の上流域にある。仰烏帽子山 (のけえぼしやま,1302m) ,高塚山 (1508m) などの山々で隔絶され,狭い谷底地に集落がある。 1889年村制施行。中心地区は頭地 (とうじ) で,その北東方に五家荘がある。 1891年川辺川の舟筏便,1902年馬車道の開通により木材木炭の生産が盛んになり,山林開発が進んだ。 1926年自動車道路,1931年バス路線が開通,南方の人吉市と結びつきを強めた。第2次世界大戦後,水力発電所の建設により道路の整備が進み,秘境と呼ばれたかつての姿は変貌した。 1965年策定の川辺川ダムの建設計画が実現すれば村域の一部が水没する。『五木の子守唄』で有名。一部は五木五家荘県立自然公園九州中央山地国定公園に属する。村域のほぼ中央を国道 445号線が南北に走る。面積 252.92km2。人口 931(2020)。

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