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井上政重 いのうえまさしげ

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百科事典マイペディアの解説

井上政重【いのうえまさしげ】

江戸初期の幕臣。筑後守(ちくごのかみ)を称す。徳川秀忠・家光に仕える。1632年大目付となり,島原の乱鎮圧に参加。1640年宗門改役を兼ね,1646年江戸小日向(こひなた)の下屋敷内に牢(ろう)を設ける(キリシタン屋敷)などキリシタン弾圧の中心人物であった。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

井上政重 いのうえ-まさしげ

1585-1661 江戸時代前期の大名。
天正(てんしょう)13年生まれ。井上正就(まさなり)の弟。徳川秀忠,ついで家光につかえ,寛永9年最初の大目付に就任。島原の乱の鎮静につとめ,17年下総(しもうさ)高岡藩(千葉県)藩主井上家初代となる。1万石(のち3000石加増)。宗門改役(あらためやく)として長崎などで外国商船の取り締まりとキリスト教禁制策を指揮した。万治(まんじ)4年2月27日死去。77歳。遠江(とおとうみ)(静岡県)出身。

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朝日日本歴史人物事典の解説

井上政重

没年:寛文1.2.27(1661.3.27)
生年:天正13(1585)
江戸幕府最初の大目付。井上清秀の4男。通称清兵衛。筑後守。遠江国(静岡県)の生まれで,慶長13(1608)年より徳川秀忠につかえ,のち家光の下で目付となる。寛永9(1632)年幕府が大目付を初めておいたとき,柳生宗矩,水野守重,秋山正重と共に任じられ,4000石に加増。また17年には1万石の大名に取り立てられた。宗門改役として長崎に赴き,異国商船の取締りキリシタン禁制などの政務に携わるが,その一方で西洋の諸科学に深い関心を寄せる。のち加増されて1万3000石。万治1(1658)年大目付を辞し,まもなく孫の政清に家督を譲って隠居し,幽山と称した。

(大森映子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

いのうえまさしげ【井上政重】

1585‐1661(天正13‐寛文1)
江戸初期の幕府重臣。通称は清兵衛。筑後守。加判に進んだ正就の弟。将軍徳川秀忠,ついで家光に仕え,目付を経て1632年(寛永9)に大目付に進み4000石。朝鮮通信使,島原の乱に関係し,40年宗門改役を兼ね1万石(のち1万3000石)。以後20年間キリシタン取締りに敏腕をふるったが,政治的には〈オランダ人の保護者〉とも評され,当代一流の西洋諸科学の受容者でもあった。【中村 質】

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世界大百科事典内の井上政重の言及

【契利斯督記】より

…初代の宗門改役井上政重が後任の北条正房に引き継いだ折の留書や禁教法令などをもとに1797年(寛政9)福山藩儒学者太田全斎が編集した記録書。上下2冊。…

※「井上政重」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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