日本大百科全書(ニッポニカ) 「交通工学」の意味・わかりやすい解説
交通工学
こうつうこうがく
人や物の移動に関する工学の一分野。フォードによる自動車の大量生産が始まり、自動車が広く普及したアメリカにおいて、自動車を安全快適に効率よく利用するための技術として1920年ごろに形成された。その後の急速な自動車交通の発達とともに発展、とくに第二次世界大戦後の世界的なモータリゼーションに応じて各国に波及し、自動車交通による混雑、事故などの道路交通問題に対処する技術(traffic engineering)として発展した。
日本では第二次世界大戦後の急激な自動車交通の増大に応じて、道路整備とくに高速道路の建設が進められ、その際にアメリカから自動車交通に関する技術としてtraffic engineeringが導入された。通常、交通工学はこの語にあてた訳語であり、狭義には自動車交通を中心とする道路交通を対象とした工学である。鉄道、水運、航空を含めた交通(移動)全体に関する工学をアメリカではtransportation engineeringとよび、運輸工学または輸送工学の訳もあるが、広義の交通工学はこれを意味する。歩行者交通、公共交通、交通公害など広範な交通問題への対応から、アメリカの交通工学会は1975年に名称をInstitute of Transportation Engineersと、trafficをtransportationに変更した。ただ1990年代から進展したICT(情報通信技術Information and Communication Technology)を結合したITS(高度道路交通システムIntelligent Transport Systems)技術も含め、主要な交通問題は道路交通が中心的な課題となっている。
交通工学の内容を道路交通工学に倣って大別すると、(1)交通現象の調査研究、(2)交通運用、(3)交通計画、(4)幾何学的設計、(5)行政・管理、となる。
(1)は人や物の移動という交通現象の特性についての研究。運転者や歩行者行動の基本的特性、交通量、走行速度などの交通流の特性、交通容量、トリップ(起終点間における1方向1回の移動)の発生・分布、大量輸送機関の利用や効率、さらに交通事故分析や安全対策などの調査研究も含む。(2)は交通規制、交通信号制御、高速道路の交通管制など道路交通流の制御、管理・運用。さらに歩行者・バス優先対策なども含む総合的な交通システムマネジメント(TSM:Transportation System Management)。(3)は初期はおもに道路網の計画であったが、その後公共交通を含めた交通全体の計画をさすようになり、交通需要予測、ターミナル、駐車場などの施設配置計画、交通網の評価などが含まれる。1980年代から導入された交通の需要サイドに働きかける交通需要マネジメント(TDM)施策の計画も含む。(4)は道路の線形、インターチェンジや交差点の形態など道路施設のほか、サービスエリアなど交通施設の幾何学的な構造の設計。(5)は交通に関する責務の配分、予算、教育など行政計画、行政機能の組織化などの行政管理活動である。交通に関連する法制度、環境影響評価もここに含める。
[片倉正彦]
『越正毅編著『交通工学通論』(1989・技術書院)』