日本大百科全書(ニッポニカ) 「人民の自決権」の意味・わかりやすい解説
人民の自決権
じんみんのじけつけん
right of peoples to self-determination
1966年の国際人権規約共通第1条によれば、「その政治的地位を自由に決定し並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する」人民の権利をいう。かつては「民族自決権」というよび方が一般的であった。啓蒙(けいもう)期自然法思想の人民主権論と社会契約説に端を発し、ブルジョア革命における民族国家形成の原理とされ、また第一次世界大戦においてはアメリカ大統領ウィルソンやロシア革命の指導者レーニンによって提唱された。この段階までは基本的にはヨーロッパの民族にのみ適用されるものであり、かつ法的権利ではなく政治的原則であると考えられていた自決権が、国際法上の権利として確立するのは第二次世界大戦後のアジア・アフリカにおける民族解放闘争の高揚を背景とする国連による非植民地化活動を通じてである。
植民地等の従属人民が独立を達成する権利を「外的自決権」、自らを代表する政府をもつ権利を「内的自決権」とよぶが、1960年の国連総会決議「植民地独立付与宣言」や同じく1970年の「友好関係原則宣言」は、外的自決権を認めたものと解されており、国際司法裁判所もそのことを確認してきた。
一方で非植民地化がほぼ終了したころから、独立国の人民にも自決権を認めるべきだとの主張が行われるようになり、冷戦解消後のドイツ統一や中・東欧の新国家の成立の妥当性はこの観点から説明された。しかしこのような考えには、既存の国家は領土保全の観点から強く反発している。一例として、カナダの最高裁判所が、カナダ連邦からの分離独立を目ざしたケベック州の自決権要求に対して1998年に与えた諮問意見では「独立国住民の自決権は内的自決権をもって充足され、原則として外的自決権を有さない」としてこれを否定した。他方、国際司法裁判所はコソボの独立の合法性に関する2010年7月の勧告的意見において、コソボの一方的な独立宣言を違法とする国際法は存在しないと判断したが、コソボの住民が自決権を有するかどうかという問題については解答を回避した。したがって、独立国の一部を構成する住民の外的自決権については、状況はなお流動的だと言わねばならない。
[松井芳郎]