伊達林右衛門(読み)だて りんえもん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「伊達林右衛門」の解説

伊達林右衛門(3代) だて-りんえもん

?-1872 江戸時代後期の商人,漁業家。
初代の子あるいは孫ともいう。天保(てんぽう)13年8代栖原(すはら)角兵衛と蝦夷(えぞ)地(北海道)択捉(えとろふ)島の場所請負人となる。また浜益,増毛(ましけ)の漁場をひらいた。安政元年初代以来の功により永世松前藩士に列し,勘定奉行となり,翁記を名のった。明治5年1月15日死去。

伊達林右衛門(初代) だて-りんえもん

?-1837 江戸時代後期の商人,漁業家。
蝦夷(えぞ)地(北海道)にわたり,江戸との間で産物の輸送をはじめ,寛政5年松前に伊達屋をひらく。場所請負人となり,文化7年7代栖原(すはら)角兵衛と樺太(からふと)漁場をひらいた。天保(てんぽう)8年2月15日死去。陸奥(むつ)伊達郡(福島県)出身。本姓は佐藤。前名は藤吉。

伊達林右衛門(5代) だて-りんえもん

?-1908 明治時代の商人,漁業家。
慶応2年伊達家の養子となる。維新後家業が衰退し,栖原(すはら)家に北海道宗谷などの漁場を譲渡。明治9年樺太(からふと)・千島交換条約により樺太の漁場をうしなった。明治41年1月2日死去。陸奥(むつ)福島出身。旧名は山崎繁松。後名は翁記。

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