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佐良山古墳群 さらやまこふんぐん

世界大百科事典 第2版の解説

さらやまこふんぐん【佐良山古墳群】

岡山県津山市の南西,東は神奈備山笹山,高鉢山,西は嵯峨山,大平山に囲まれた皿川の流域の山頂,山腹,山麓に営造された古墳群の総称。1951年そのうちの4基(中宮1号墳,門の山1号墳,祇園畝1号・2号墳)が発掘され,また全面的な分布調査がなされた。古墳群は約15の小群および散在墳から成り,総計178基を数える。その構成は前方後円墳6基,少数の方墳のほかは,大部分が円墳で,計測できた円墳112基のうち,径20m以上3基,15m以上16基,10m以上54基,10m以下39基である。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

佐良山古墳群
さらやまこふんぐん

岡山県津山市佐良山地区(旧久米(くめ)郡佐良山村)域にある約180基の古墳の総称。第二次世界大戦後の群集墳研究の出発点となった。高野山根(たかのやまね)1号、中宮(なかみや)1号、中宮2号、高野山根2号など5世紀末葉から6世紀後半にかけての前方後円墳のほかは、円墳、方墳であり、大部分は径15メートル以下の円墳で横穴式石室をもつ後期群小墳である。徹底的な分布調査による克明な資料提示から、これらの古墳の被葬者たちは豪族や首長ではなく、階層的差異をもって形成されつつあった家父長家族のうち上位のものと性格づけた。
 発掘された中宮1号墳は全長23メートルの帆立貝(ほたてがい)式古墳であり、後円部の片袖(かたそで)式横長石持送り積みの横穴式石室に3体が埋葬され、前方部にも小石室があった。玉類、武具、f字形金銅張鏡板付轡(くつわ)などの馬具、農具、工具、土師器(はじき)、須恵器(すえき)が出土した。玄室(げんしつ)袖部から大形高坏(たかつき)、壺(つぼ)(はそう)、土師器坩(はじきつぼ)が四つ重ねで出土し、須恵器坏内部から魚骨が発見されるなど遺物配置での重要な事実が知られた。6世紀前半から中葉の築成である。[今井 尭]
『近藤義郎編『佐良山古墳群の研究』(1952・津山市)』

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