佐藤喜美子(読み)サトウ キミコ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「佐藤喜美子」の解説

佐藤 喜美子
サトウ キミコ


職業
声楽家

専門
ソプラノ

肩書
国際ウィーン国際音楽ゼミナール協会副会長

生年月日
昭和5年 2月2日

出生地
東京都 世田谷区

学歴
東京芸術大学声楽科〔昭和31年〕卒,ウィーン音楽大学〔昭和39年〕卒

経歴
昭和36年オーストリア政府給費学生としてウィーン音楽大学に留学し、リートをエリック・ヴェルバ、クルト・シュミーデクに、オペラコロ、アルジェオ・クヮドリに師事以後ヨーロッパの歌劇場に出演。55年に引退後は日本人留学生の世話役・相談役を引き受け、60年には墺日文化協会設立奔走著書に「ウィーンの森のひとりごと」がある。

所属団体
二期会,墺日協会(副会長),ウィーン・ベートーベンハウス(名誉会員),ウィーン国際シューベルト協会(理事),日墺文化協会(常務理事)

受賞
ウィーン市功労金賞,ベートーヴェン・ハウス名誉会員表彰〔昭和56年〕,ウィーン市名誉功労年金受章〔昭和63年〕

没年月日
平成8年 2月14日 (1996年)

家族
祖父=佐藤 虎次郎(政治家)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「佐藤喜美子」の解説

佐藤 喜美子
サトウ キミコ

昭和・平成期の声楽家(ソプラノ) 国際ウィーン国際音楽ゼミナール協会副会長。



生年
昭和5(1930)年2月2日

没年
平成8(1996)年2月14日

出生地
東京都世田谷区

学歴〔年〕
東京芸術大学声楽科〔昭和31年〕卒,ウィーン音楽大学〔昭和39年〕卒

主な受賞名〔年〕
ウィーン市功労金賞,ベートーヴェン・ハウス名誉会員表彰〔昭和56年〕,ウィーン市名誉功労年金受章〔昭和63年〕

経歴
昭和36年オーストリア政府給費学生としてウイーン音楽大学に留学し、リートをエリック・ヴェルバ、クルト・シュミーデクに、オペラをコロ、アルジェオ・クヮドリに師事。以後、ヨーロッパの歌劇場に出演。55年に引退後は日本人留学生の世話役・相談役を引き受け、60年には墺日文化協会設立に奔走。著書に「ウィーンの森のひとりごと」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「佐藤喜美子」の解説

佐藤喜美子 さとう-きみこ

1930-1996 昭和時代後期のソプラノ歌手。
昭和5年2月2日生まれ。36年ウィーン国立音大に留学。在学中にウィーン-フォルクスオーパーで「蝶々夫人」の主役を演じ,以後ドイツや東欧諸国で200回以上の公演をかさねる。55年引退後も日墺(にちおう)文化協会の設立など,文化交流に尽力した。平成8年2月14日ウィーンで死去。66歳。東京出身。東京芸大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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