先天性脂質代謝異常症

内科学 第10版 「先天性脂質代謝異常症」の解説

先天性脂質代謝異常症(その他の代謝異常)

 生体内に体の構築成分として存在する脂質は,糖鎖が結合した糖脂質として,おもに細胞膜に存在する.したがって糖脂質代謝異常症ともよぶ.糖脂質には,血球細胞膜に多く存在するグロボ糖脂質と神経細胞膜に多く存在するスフィンゴ糖脂質とがある.これらは常に新生と分解を繰り返しており,分解は細胞のライソゾーム内で行われる.この分解酵素の1つが先天的に活性欠損するために,種々の疾患が起こる.図13-6-10に糖脂質の代謝分解経路を,表13-6-10に該当する酵素名と酵素欠損によって起こる疾患を示す.
定義・概念
 体の構築成分の1つとしての糖脂質(セラミドに糖鎖が付加したもの)分解経路の1つが障害されるため,各組織の細胞内外に分解されない糖脂質が経時的に蓄積することによって生じる遺伝性疾患である.
分類
 疾患群としては,ライソゾーム病(lysosomal disease)のなかのリピドーシスlipidosis)とよばれるものに属する.
原因・病因
 糖脂質を分解する酵素の遺伝子異常により酵素活性が低下することにより起こる.
疫学
 Fabry病だけがX連鎖性遺伝であり,ほかはすべて常染色体性劣性遺伝の疾患である.発症頻度は,Fabry病以外では7万~50万人に1人くらいであり,したがって日本人における保因者頻度は,多いもので130人に1人,少ないもので400人に1人くらいである.Fabry病はX連鎖性劣性遺伝とされているが,女性保因者においても症状を現すことが多くあるため,最近では不完全なX連鎖性優性遺伝といわれている.患者頻度は2万~3万人に1人と推定される.
病理
 光学顕微鏡では,ライソゾーム内に非分解産物が蓄積することや非代謝産物をマクロファージが貪食することによる特徴的な所見が認められ,それぞれの疾患を特徴づけるものとして知られている.たとえば,Krabbe病(グロボイド細胞白質(ロイコ)ジストロフィ)で脳組織にみられるグロボイド細胞,異染性ロイコジストロフィで尿沈渣にみられる異染性物質,Gaucher病で骨髄や脾臓にみられるGaucher細胞,Niemann-Pick病で骨髄や肝臓にみられるNiemann-Pick細胞などがそれである.電子顕微鏡では,脂質の蓄積を表す層状の構造物が細胞質内に認められ,zebra bodyとよばれる.
病態生理
 糖脂質は,細胞膜の構築成分として常に新生と分解を繰り返している.糖脂質の糖鎖部分は,細胞のライソゾームにおいて加水分解酵素により切断される.この酵素の1つが遺伝的に欠損しているために,先天性脂質代謝異常症とよばれる一群の疾患が生じる.欠損する酵素の種類により異なる疾患が起こり,それぞれに特徴的な症状が発現する.酵素欠損のために,分解されない物質がライソゾーム内に経時的に蓄積する.したがって,症状は次第に現れて進行する.同じ酵素欠損症であっても,その遺伝子変異の有様によって疾患重症度が異なる.点変異によりできた変異酵素蛋白が比較的酵素活性を残存している場合には軽症で,ゆっくりと症状が現れて徐々に進行する.塩基の欠失や挿入などで大きく酵素活性が損なわれる場合には,乳児期早期に症状が現れて成人に達することなく死亡する.
臨床症状
 表13-6-10に簡単に示すように,似通った症状のものもあれば,まったく異なる症状を現すものもある.さらに,重症型と軽症型でも様相が異なる.
1)神経症状が中心に現れるもの:
 a)Krabbe病:乳児型では,3~6カ月頃に過敏反応や易刺激性が起こり,急激に精神運動障害が進行して2歳までに死亡する.遅発型では,痙性対麻痺,認知症が起こり進行する. b)異染性ロイコジストロフィ(metachromatic leu­kodystrophy:MLD):後期乳児型では,1歳過ぎたころから神経変性症状が始まり寝たきりとなって10歳頃に死亡する.若年型では,4歳~思春期頃に歩行障害,知能低下,四肢麻痺,痙攣が起こり進行する.成人型では,成人期に行動異常や認知症が起こり進行する. c)GM2-ガングリオシドーシス:急性乳児型は,6カ月頃より神経変性症状が始まる.初期は筋緊張が低下.後に痙性となる.眼底にcherry-red spotを認め,視力障害,聴覚過敏を呈す.4歳前後に死亡する.亜急性若年型では,幼児期に神経変性症状が始まり10歳代まで生存する.慢性成人型では,青年期に神経変性症状が始まりゆっくりと進行する.
2)神経症状と内臓症状の両方が現れるもの:
 a)Niemann-Pick病A型:乳児期に神経変性症状,肝脾腫,発育不全が始まり,進行して2~3歳で死亡する.
 b)Niemann-Pick病C型:A型より軽症でゆっくりと進行する.病因はA型,B型と異なり,細胞内のコレステロールの輸送の障害である.
 c)Gaucher病Ⅱ型:乳児期に神経変性症状,肝脾腫が起こり,急激に進行して2歳までに死亡する.
 d)Gaucher病Ⅲ型:Gaucher病Ⅱ型よりゆっくりと進行する.眼球運動障害や振戦が認められる.
3)内臓症状が中心に現れるもの:
 a)Niemann-Pick病B型:幼児期~学童期に肝脾腫に気づかれ進行する.成人期まで生きることができる.肺浸潤により死亡する. b)Gaucher病Ⅰ型:小児期より肝脾腫,貧血,骨の破壊が起こり進行する. c)Fabry病:小児期に四肢の痛みが起こる.成人期には,腎障害や肥大型心筋症が起こり40~50歳代に死亡する.
4)神経症状,内臓症状に加えて結合組織症状が現れるもの:
 a)GM1-ガングリオシドーシス:タイプ 1は,生後2~3カ月に発育発達が停止,急激に神経変性症状が進行して全身が痙直状態になる.眼底にcherry-red spot,肝脾腫,ムコ多糖症様の骨変形も認められる.タイプ 2は,幼児期~学童期に神経変性症状が始まり進行する.骨症状は著明ではないが,X線像で椎体の変形が認められる.タイプ 3は,成人期に錐体外路症状が起こり進行する.X線像で椎体の変形を認める.
5)結合組織症状が中心に現れるもの:
 a)Farber病:関節部を中心として皮下に肉芽組織の増殖性腫瘤が多発する.
検査成績
1)一般血液尿検査:
特異的異常値を示す疾患は,ほとんどない.①Gaucher病において網内系が刺激されるために酸性ホスファターゼ(acid phosfatase)の上昇とアンジオテンシン変換酵素(angiotensin-converting enzyme)の上昇やGaucher細胞の浸潤による貧血や血小板の減少が認められる.②Fabry病において腎臓が障害されることにより蛋白尿が認められる.③GM2-ガングリオシドーシスの急性乳児型でASTの上昇が認められる.
2)生検検査:
①骨髄生検,肝生検でGaucher細胞やNiemann-Pick細胞が見つけられる.②心筋生検,腎生検で,Fabry病において細胞のライソゾームの膨化がみられる.
3)放射線検査:
 a)単純X線:Gaucher病においてGaucher細胞の骨髄浸潤のために骨の菲薄化が起こる.GM1-ガングリオシドーシス乳児型(タイプ1)ではムコ多糖症に似た骨変形がみられる. b)MRI:Krabbe病や異染性ロイコジストロフィでは,脳MRIにおいて白質の変性,脱髄所見が認められる.GM2-ガングリオシドーシス急性乳児型では,脳容量が増加することにより脳室が狭小化し,灰白質へのガングリオシドの蓄積により基底核の輝度が上昇する.Gaucher病では,骨髄MRIでGaucher細胞の浸潤によるシグナル異常が認められる.Fabry病においては,多発性の脳梗塞像が認められることがある.
4)生理検査:
 a)神経伝導速度:Krabbe病,異染性ロイコジストロフィでは,神経伝導速度の低下が認められる.
 b)心電図:Fabry病では,左室肥大の所見や伝導異常が認められる.
5)眼底検査:
GM2-ガングリオシドーシスの急性乳児型では,高頻度に黄斑部にcherry-red spotを認める.GM1-ガングリオシドーシス乳児型,Niemann-Pick病A型でも認められることが多い.
6)その他:
Fabry病において角膜混濁や聴力低下が認められることがある.
診断・鑑別診断
 神経変性症状,肝脾腫は,リピドーシスのキーワードである.先天型とよばれるものを除いて,生下時は正常の乳児であり,次第に症状が現れて進行する.発症年齢は,診断の参考となる.臨床症状などから当該疾患を疑ったとき,確定診断は当該酵素の活性を測定して活性欠損を証明する.材料としては,末梢血リンパ球が用いられることが多い.Gaucher病とFabry病のみが保険診療にて酵素活性の測定が可能である.ほかの酵素は,大学の研究室レベルで好意により測定されている.
経過・予後
 ほぼすべての疾患は,進行性であり,病状が進行して死に至る.寿命の長さは,疾患により,また重症度により異なり,乳児期に死亡するものから50歳以上のものまである.
治療
 原因療法があるものはわずかである.
1)酵素補充療法:
Gaucher病とFabry病のみがある.Niemann-Pick病B型で臨床治験が始められている.
2)造血幹細胞移植:
Gaucher病,Krabbe病,異染性ロイコジストロフィで行われている.
3)シャペロン療法:
低分子物質により変異酵素蛋白を安定化させ,残存酵素活性を上昇させる方法.現在Fabry病について,世界臨床治験が行われ,2012年より日本も参加している.
4)研究的治療:
Krabbe病で2014年から遺伝子治療の臨床治験が始められる計画がある.異染性ロイコジストロフィについても計画がある.
予防・遺伝カウンセリング
 効果的な治療法がないことから,遺伝カウンセリングを行って,出生前診断により罹患児出生を防ぐという選択をされることが多い.[田中あけみ]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「先天性脂質代謝異常症」の解説

先天性脂質代謝異常症
せんてんせいししつたいしゃいじょうしょう
Inborn error of lipid metabolism
(子どもの病気)

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

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