改訂新版 世界大百科事典 「光の形而上学」の意味・わかりやすい解説
光の形而上学 (ひかりのけいじじょうがく)
metaphysics of light
光の観念は古来さまざまな哲学的宗教的思索に大きな影響をおよぼしてきた。世界に充満する光,それが単に比喩的に使用されるだけでなく,世界そのものを成立させる根源的存在の自己開示の場とかかわる表現となるとき,〈光の形而上学〉が成立する。感覚世界を照らす太陽との類比を通して,イデア界を照らす〈善のイデア〉を述べたのはプラトンであった。認識論的および存在論的にも内容が深められ,光の形而上学がその姿を現すのは,新プラトン主義者プロティノスにおいてである。彼は〈一者〉から発出する非物質的光は徐々に滅してゆき,ついには闇としての物質に至り,その過程で〈ヌース〉〈世界霊魂〉〈人間霊魂〉が発生してくると説く。この新プラトン主義的流出説は,ヨーロッパおよびアラビア世界に後代さまざまな思索を結晶させた。
アウグスティヌスは,知的光たる神が真理の必然性と永遠性を人間精神に開示するとの照明説を唱え,偽ディオニュシウスは,感覚的な光は神的な光の内在と超越を象徴するものとみなし,万物が〈光の父〉なる神から発出・放射し,還帰することを説き,キリスト教的象徴主義の一大源泉となった。一方アラビアでは,アリストテレスにつぐ第二の師と尊称されたファーラービーにより,宇宙の階層的構造形成に関して英知体とその発出の理論が展開され,イブン・シーナーに継承された。また東方イスラムでは〈照明学派の長老〉スフラワルディーが新プラトン主義を古代ペルシアのゾロアスター教神智学と融合させ,全宇宙の現象を本源的な〈光の光nūr al-anwār〉の階層的発出とみなす説を唱えて東方神智学を完成させた。
アウグスティヌスと偽ディオニュシウスの伝統にたち,〈“創世記”の哲学〉とでもいえる考えから,光の形而上学を新たに精緻化して提出したのはグロステストである。彼によれば,光luxは原初の光点からあらゆる方向へ自己拡散し,無規定の第一質料に延長性を賦与し,光の無限の多数化によって質料の可能態を完全に現実化して,第一物体たる蒼穹をつくる。次にこの第一物体の各部分から光lumenが宇宙の中心へと戻り,その過程で九つの天球と月下の四元素界の球を産出し,現実の物体界を現出させる。光は宇宙創成論において重要であるばかりではない。光はさらに〈第一の物体的形相〉と規定され,あらゆる自然的作用の根底にある原因とみなされた。ここに自然研究の基礎あるいは核心として光学が位置づけられ,R.ベーコン,ウィテロ,ペッカムらに光の科学的研究のエートスを提供した。
ルネサンスにおいて,新プラトン主義の復興にともない,光の形而上学的意義が強調されたが,近代になると,ニュートンの《光学》にみられるように,光を数理科学的な対象とみなす傾向が促進され,形而上学的側面はしだいに忘れ去られていった。また近代哲学の成立が,自存する真理への確信を弱めたことも,光の形而上学の衰退に大きく作用していると思われる。
→光学 →新プラトン主義 →光
執筆者:高橋 憲一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報