最高の〈一者〉から万物が出ることを,泉から水が流れ出ることにたとえた形而上学説。最初は古代ギリシアで,エンペドクレスとデモクリトスの知覚説にこれがみられる。それによると,物体の知覚像はその物体の表面が剝離して感覚器官のうちに入ってきたものだという。ヘレニズム期のグノーシス派(とくにエジプトのグノーシス派)は,神と世界の無限の隔りにもかかわらず神認識が成立するのはいかにしてかと問い,神の顕現は水源または光源たる神からの流出(ギリシア語アポロイアaporrhoia,ラテン語エマナティオemanatio)ないし放射(ギリシア語プロボレprobolē)であると考えた。新プラトン派のプロティノスもこの比喩を用いて一者と世界との関係を説明したが,グノーシス派と違って,流出は〈一者〉の実体の減少を意味しないことを強調した。したがって,〈一者〉からの流出は必要に迫られてのものでなく,むしろ自由な働きによること,完全者は完全であればこそ自己を溢出させることを説いた。そこで流出説はキリスト教のいう〈無からの創造〉とも矛盾しないとみられ,ボエティウスやトマス・アクイナスはこれを創造の説明原理に用いたのであるが,世界の固有な善を説明するためにプラトンの分有説をも平行して用いた。近代ではライプニッツ,シェリング,ヘーゲルが絶対者の神性と力を表すのに流出説を用いたが,汎神論に陥るのを避けて意志の自由をもあわせて説いている。
→新プラトン主義
執筆者:泉 治典
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…これは完全な充実であり,あらゆる認識,生命,本質,存在を超越する。(2)〈流出〉 〈一者〉から〈叡智〉が,〈叡智〉から〈魂〉が,あたかもあふれる水のように流出する(流出説)。下のものは上のものと本質を同じくするが,勢いや力の劣った存在形態であり,三つの原理的なものは階層的秩序を保ちながら,しかも連続している。…
…彼は〈一者〉から発出する非物質的光は徐々に滅してゆき,ついには闇としての物質に至り,その過程で〈ヌース〉〈世界霊魂〉〈人間霊魂〉が発生してくると説く。この新プラトン主義的流出説は,ヨーロッパおよびアラビア世界に後代さまざまな思索を結晶させた。 アウグスティヌスは,知的光たる神が真理の必然性と永遠性を人間精神に開示するとの照明説を唱え,偽ディオニュシウスは,感覚的な光は神的な光の内在と超越を象徴するものとみなし,万物が〈光の父〉なる神から発出・放射し,還帰することを説き,キリスト教的象徴主義の一大源泉となった。…
…一般にギリシアの伝統的存在理解では,明確な輪郭・限定をもつものほど確かな存在であるとすれば,“無限の”存在はこれと対照をなすものと言える。しかも万物が〈一者〉から流出しているという動的な一元論の体系(流出説)は,ここにおいて構想されえたのである。《エンネアデス》は,4世紀にウィクトリヌスにより,ルネサンス期にフィチーノによりラテン語に翻訳されて,ヨーロッパ世界の共有財産となり,キリスト教プラトン主義の源泉となった。…
※「流出説」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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