日本大百科全書(ニッポニカ) 「光合成阻害型除草剤」の意味・わかりやすい解説
光合成阻害型除草剤
こうごうせいそがいがたじょそうざい
除草剤を阻害作用で分けたときの分類の一つ。植物が太陽エネルギーを利用して二酸化炭素と水から炭水化物を生合成する光合成過程のなかで、光エネルギーを化学エネルギーに変える過程(明反応)を阻害する除草剤である。明反応を阻害することにより一重項酸素(反応性の高い活性酸素の一種)が発生し、膜構造の破壊や葉緑体機能の喪失により、遅効的に除草活性を発現する。その阻害部位により、光化学系Ⅱ(反応中心が、基本的にクロロフィルaの二量体であるP680)または光化学系Ⅰ(反応中心が、基本的にクロロフィルaの二量体であるP700)の電子の流れ(電子伝達)を阻害する除草剤に分けられる。
[田村廣人]
光化学系Ⅱからの電子伝達を阻害する除草剤
光化学系Ⅱは、葉緑体のチラコイド膜に存在し、20種以上のサブユニットタンパク質と、クロロフィル等の光合成色素やマンガン等の電子伝達体の複合体で構成される。このうち、光を捕集する役割を担うクロロフィルは、光を吸収したエネルギーを光化学系Ⅱコア複合体のP680に伝達し、電子伝達が開始する。こうした光化学系Ⅱの電子伝達を阻害する除草剤は、このコア複合体を構成するD1とよばれるタンパク質(D1タンパク質)に結合することにより作用するが、その結合様式により、さらにC1、C2およびC3の三つのグループに分類されている。
(1)C1グループ D1タンパク質の264番目のセリンに除草剤が結合し、電子伝達を阻害する。このグループには、トリアジン系除草剤(シマジン、アトラジン、プロメトリン、シメトリンなど)、カーバメート系除草剤(フェンメディファムなど)、ウラシル系除草剤(レナシル、ブロマシルなど)およびピリダジノン系除草剤(メトリブジン)がある。
(2)C2グループ D1タンパク質の219番目のバリンに除草剤が結合し、電子伝達を阻害する。このグループには、尿素系除草剤(リニュロン、ジウロン、イソウロンなど)がある。
(3)C3グループ 除草剤がプラストキノンと競合して電子伝達を阻害すると考えられている。このグループには、ベンゾチアジアゾール系除草剤(ベンタゾン)、ニトリル系除草剤(アイオキシニル)およびフェニルピリダジノン系除草剤(ピリデート)がある。
[田村廣人]
トリアジン系除草剤
C1グループに属するトリアジン系除草剤には、シマジン、アトラジン、プロメトリン、シメトリンなどがあり、これらは、トリアジン骨格を基本構造としている。日本では、1958年(昭和33)ごろより使用されている土壌処理または茎葉処理により一年生雑草を防除する除草剤である。トウモロコシでは、トリアジン系除草剤は、グルタチオンと抱合し解毒されるが、大豆や小麦ではこのようなグルタチオンによる解毒はほとんど進行しない。また、トウモロコシは、トリアジン環に結合した塩素をヒドロキシ基に置換する反応を進行させる化学物質DIMBOA(2,4-ジヒドロキシ-7-メトキシ-1,4-ベンゾキサジン-3-オン=2,4-dihydroxy-7-methoxy-1,4-benzoxazin-3-one)を内在し、この系統の除草剤の解毒を行っている。トリアジン系除草剤は、世界中で広く使用されたため、抵抗性を示す雑草が発現したが、その原因は、D1タンパク質の264番目のセリンがグリシンに変化したことによる。
[田村廣人]
尿素系除草剤
C2グループに属する尿素系除草剤には、リニュロン、ジウロン、イソウロンなどがあり、これらは尿素を基本骨格とし、おもに土壌処理剤として使用される。
ジウロンや日本で1963年ごろから使用されているリニュロンは、選択性除草剤として畑作物の一年生雑草の防除に用いられる。一方、イソウロン、カルブチレート、エチジムロンおよびテブチウロンは、非農耕地または林地の一年生雑草、多年生雑草および雑灌木(かんぼく)の防除に非選択性除草剤として用いられる。尿素系除草剤に抵抗性を示す雑草は、D1タンパク質の219番目のバリンがイソロイシンに変化している。
[田村廣人]
光化学系Ⅰからの電子伝達を阻害する除草剤
光化学系Ⅰは、光化学系Ⅱと同様にチラコイド膜に存在し、数十種のサブユニットからなる複合体である。光を捕集する役割を担うクロロフィルが光を吸収し、反応中心であるP700に励起エネルギーを伝達し、電子伝達を行う。
光化学系Ⅰからの電子伝達を阻害する除草剤は、光化学系Ⅰからフェレドキシン(電子伝達体の機能をもつ鉄硫黄(いおう)タンパク質)を経由する電子伝達系から電子を奪うことにより、安定なラジカル(不対電子をもつ分子)になる。このラジカル化した除草剤が元の状態に戻る際に酸素を1電子還元して活性酸素のスーパーオキシドラジカルを生成し、さらに、過酸化水素を生じる。過剰に生成された過酸化水素は、細胞破壊作用を引き起こし、このことが、除草効果として現れるのである。このグループには、ジピリジル系除草剤(パラコート、ジクワット)がある。
[田村廣人]
ジピリジル系除草剤
ジピリジル系除草剤にはパラコート、ジクワットなどがあり、二つのピリジン環が直接結合した化学構造を特徴とする。ジピリジル系除草剤は、光の存在下で、茎葉処理により非選択的に数時間で除草作用を発現する接触型除草剤である。ジピリジル系除草剤は、植物体内の移行性が乏しく、また、土壌と電気的に強く結合して土壌処理活性も失活するため、多年生雑草の地下茎(地下部栄養繁殖器官)を防除できない。日本では、ジクワットが1963年ごろ、パラコートが1965年ごろからそれぞれ使用されていたが、現在では、パラコートとジクワットの混合剤として使用されている。しかし、哺乳(ほにゅう)動物への経口毒性が強いため、その使用には注意が必要である。
[田村廣人]