電子伝達(読み)でんしでんたつ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「電子伝達」の意味・わかりやすい解説

電子伝達
でんしでんたつ

広義には可溶性酵素が触媒する生体内での酸化還元反応に伴う分子間の電子の授受にもあてはまるが、普通は生体膜内に埋まっていたり、その表面に結合するタンパク質間やタンパク質内部での電子の移動をさし、一連の反応にかかわっている膜タンパク質群を電子伝達系とよぶ。電子は酸化還元電位の低い物質(いいかえると酸化によってたくさんの化学エネルギーを放出できる物質)から酸化還元電位の高い物質に順次受け渡されていき、呼吸では最終電子受容体として分子状酸素や無機塩が用いられる。生体系で電子がトンネル移動する仕組みとしては、波動関数の重なりによって電子が移動しやすい共有結合系などを選んで電子供与体から電子受容体までの最短距離が選択されるというベラタン‐オヌチックBeratan-Onuchicの経路モデルと、タンパク質は構造によらず均質な電子移動の媒体としてふるまうというダットンP. Leslie Duttonらの一次元トンネル障壁モデルという二つの異なる考え方がある。電子はポテンシャルエネルギーの高い場所(電子供与体)から低い場所(電子受容体)へ山を下り降りるように移動する。電子供与体と電子受容体の波動関数(電子雲)は、両者の間を満たす媒質の影響を受けて広がり、波動関数が重なると電子はエネルギー障壁の山をトンネルを通り抜けるように遠距離移動することができる。この現象を電子のトンネル移動とよぶ。

 消化吸収されて人間の体の中に取り込まれた食物は、還元型ピリジンヌクレオチドNADHやコハク酸を経て、細胞内のミトコンドリアで酸素分子を使って最終的に二酸化炭素と水に酸化され、取り出されたエネルギーはATP(アデノシン三リン酸)の合成などに利用される。この過程を酸素呼吸または細胞呼吸といい、ミトコンドリア内膜やバクテリアの細胞膜で呼吸を担っている電子伝達系を(好気的)呼吸鎖(さ)とよぶ。呼吸鎖は、分子量12万から100万に及ぶ4種類の膜酵素複合体Ⅰ~Ⅳ(NADH脱水素酵素=デヒドロゲナーゼコハク酸脱水素酵素シトクロムチトクロムbc1複合体、チトクロムc酸化酵素)、複合体Ⅲ~Ⅳ間の電子伝達を媒介するシトクロムcなどの水溶性タンパク質、生体膜内で複合体Ⅰ~Ⅲ間とⅡ~Ⅲ間の電子伝達を媒介する疎水性のキノン類で構成されている。分子間や分子内での電子の伝達には、タンパク質に結合したフラビン類、ヘム鉄、鉄硫黄(いおう)クラスターなどの非ヘム鉄、銅イオンなどが用いられている。植物や一部のバクテリアが行う光合成やバクテリアによる硝酸呼吸などの嫌気呼吸などでも生体膜に巧妙に配置された電子伝達系が生体エネルギーの獲得で重要な役割を担っており、オルガネラ(細胞小器官)の電子伝達系は小胞体での脂質の代謝や解毒などの細胞機能に働いている。日本人研究者は、これらの巨大な膜タンパク質複合体の結晶構造解明に大きな貢献を果たしている。

[茂木立志]

『西村光雄著『光合成』(1987・岩波書店)』『日本生物物理学会編『生命科学の基礎6 生体膜の分子素子・分子機械』(1990・学会出版センター)』『D・ヴォートほか著、田宮信雄・八木達彦ほか訳『ヴォート 生化学』上(1992・東京化学同人)』『山中健生著『呼吸酵素の生化学』(1993・共立出版)』『野沢義則ほか編『膜学実験シリーズ1 生体膜編』(1994・共立出版)』『日本生化学学会編『細胞機能と代謝マップ1 細胞の代謝・物質の動態』(1997・東京化学同人)』『S・J・リパート、J・M・バーグ著、松本和子監訳、坪村太郎ほか訳『生物無機化学』(1997・東京化学同人)』『垣谷俊昭著『光・物質・生命と反応』(1998・丸善)』『平沢栄次著『はじめての生化学――生活のなぜ?を知るための基礎知識』(1998・化学同人)』『吉田賢右・茂木立志編『生体膜のエネルギー装置』(2000・共立出版)』『ハンス-ワルター・ヘルト著、金井龍二訳『植物生化学』(2000・シュプリンガー・フェアラーク東京)』『大阪大学創立70周年記念出版実行委員会編、月原冨武・酒井宏明著『大阪大学新世紀セミナー タンパク質の姿、形とその働き――構造生物学最前線』(2001・大阪大学出版会)』『佐藤公行編『朝倉植物生理学講座3 光合成』(2002・朝倉書店)』『近藤和雄ほか編『スタンダード栄養・食物シリーズ3 人体の構造と機能2 生化学』(2003・東京化学同人)』

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