翻訳|herbicide
作物の栽培に害を与える雑草の防除に用いられる薬剤。古くは農業における雑草の防除は主として人力によって行われていたが,省力化のため除草剤の開発に対する要求が高まり,その開発研究が急速に進められた。除草剤として無機塩を用いる試みもなされたが,合成オーキシ(植物ホルモンの一種,〈オーキシン〉の項目を参照)の活性を追究する過程で,2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)が低濃度では強力なオーキシン活性を,また高濃度では殺草活性を示すことが見いだされ,除草剤の開発研究に新しい局面が展開することになった。その後の開発研究によって,2,4-Dは実用除草剤第1号として広く利用されるようになり,またそれ以降多種類の除草剤が開発されるに至った。
防除される雑草と作物は同じ植物であるばかりでなく,分類学上きわめて近縁のものも多い。したがって除草剤における選択性に対する要求はたいへんきびしいものであるが,幸いにも好ましい選択性を有する多数の除草剤が現在までに開発されている。
除草剤は,2,4-Dのように植物ホルモン活性を有する薬剤とそうでない薬剤とに分類されるし,また選択性,非選択性によって分類されることもある。また除草剤が植物に吸収され植物体内を移動して除草活性を示す移行型,および薬剤が付着した部分にだけ障害を与える接触型に分類されることもある。これら作用性による分類と化学構造との分類を組み合わせると表に示すような除草剤の分類体系を組み上げることができる。
2,4-DやMCPなどのフェノキシ酢酸系除草剤はホルモン型除草剤で広葉雑草を枯らし,イネ科植物には効果が弱く,日本では水田のイネ生育中期の除草剤として用いられることが多く,このほか芝生の雑草防除にも用いられる。2,3,6-TBA,ピクロラムのような安息香酸系の除草剤も植物ホルモン活性を有し,広葉雑草,灌木の防除に用いられることが多い。
TCA,DPAのようなハロゲン化脂肪酸系の除草剤は移行性で,ススキなどのイネ科雑草の防除に使用される。カーバメート系除草剤はイネ科植物の間に好ましい選択性を示すという特性を有する。すなわち,イネ科雑草には殺草力を示し,イネには効果を示さないことから,日本ではベンチオカーブ,モリネートなど水田除草剤として大量に用いられている。尿素系除草剤には,DCMU,リニュロンなどの除草剤がふくまれ,典型的な光合成阻害型除草剤として知られる。DCMUは日本では禾穀類,野菜畑,果樹園の雑草防除に,外国では果樹園,野菜畑,ワタ畑などの雑草防除に使われる。酸アミド系除草剤としては,DCPAが代表的除草剤で,特異な選択性を示すことで知られている。すなわち,イネには無害であるがメヒシバ,ノビエなどイネ科雑草に効果を示し,広葉雑草に対しても殺草作用を有するので,田植直後の水田除草剤として使用される。トリアジン系除草剤には多数の同族体が開発されており,シマジン,アトラジン,シメトリンなどは畑作,果樹園,非農地の除草に用いられる。とくにシマジン,アトラジンはトウモロコシには殺草活性を示さないことで知られている。ダイアジン系除草剤として,ブロマシル,オキサジアゾンなどが知られ,後者は,水田のノビエなど一年生雑草,マツバイなどに有効である。ジフェニルエーテル系除草剤には,NIP(非登録),CNP,クロメトキシニルなどが含まれ,水田における移植前後の土壌処理剤として広く使用されている。
R-SO2NHCONH-Rの部分構造を含むベンスルフロンメチル,Chlorsulfuronなどのスルホニル尿素系除草剤は,低濃度で,土壌処理,茎葉処理のいずれでも強力な殺草作用を示し,広葉雑草とイネ科作物との間にある程度の選択性が認められ,哺乳動物に対する急性毒性もきわめて低い。
ピペロホス,ブタミホスなどの有機リン酸エステル系除草剤は,植物の生長点の細胞分裂や,伸長阻害によって幼植物に対して選択的殺草効果を示す。
フェノール系除草剤であるPCPは殺菌力を有する。水田のノビエの防除によく用いられていたが,魚毒性が大きい欠点を有し,現在では使用されない。パラコート,ジクワットなどが属するビピリジニウム系除草剤は接触的に作用し,土壌中で急速に吸着されて不活性化するので,果樹園の下草の除草や,乾田直播の水稲栽培において,播種(はしゆ)前の雑草防除に用いられる。
トリフルラリンなどのジニトロアニリン構造を含む除草剤は,畑作,芝生などの一年生イネ科,広葉雑草の防除に用いられる非選択的,移行型除草剤である。
ビアラホスは,放線菌の代謝産物のなかから殺草活性を有する物質として発見,開発された除草剤で,C-P結合を有するアミノ酸を含むペプチド性物質である。活性本体である構成C-Pアミノ酸もグルホシネートの一般名で,除草剤として用いられている。このほか類似の構造を有するグルホサートも開発されている。いずれも茎葉処理で,非選択的,接触型除草活性を示す。
無機除草剤では,塩素酸ナトリウムが強力な非選択殺草作用を有するので,林地,開墾地などのササをはじめとする一般雑草の除草に用いられる。
植物が他の生物に見られない生理的特性は,太陽エネルギーを利用して,水と二酸化炭素からグルコースをはじめとする炭水化物をつくるいわゆる光合成能を有することである。したがって,光合成を阻害する薬剤は,植物以外の他生物には影響を与えず植物を殺す作用を有することになる。また光合成阻害型除草剤は,植物間では選択性を期待できないように思われるが,実際には好ましい選択性を有する除草剤が開発されている。光合成阻害を主要作用機構とする除草剤としては,DCMUなどの尿素系,トリアジン系,ダイアジン系などが知られている。PCPはエネルギー代謝における脱共役剤として,またハロゲン化脂肪酸系除草剤は,クエン酸回路などにおいて重要な役割を果たすコエンザイムAの構成成分であるパントテン酸の生合成を阻害することによってエネルギー代謝を阻害する。
ホルモン型除草剤は植物における正常なホルモンによる制御をかく乱することによって除草作用を示す。カーバメート系除草剤はかなり強い光合成阻害を有するほか,タンパク質合成阻害,有糸分裂阻害活性など,また酸アミド系除草剤のあるものは,生体反応において重要な役割を果たすSH酵素の活性阻害や,タンパク質合成阻害など,いくつかの複数の作用点を有することが知られている。
ビアラホスはC-P結合を含むアミノ酸L-2-アミノ-4-[(ヒドロキシ)(メチル)ホスフィノイル]酪酸(L-AMPB)を構成アミノ酸とするトリペプチド性の除草剤である。ビアラホス,L-AMPBで植物を処理すると,植物体中のグルタミンが減少し,アンモニアの急激な上昇が認められ,殺草活性はアンモニア濃度に依存する。また,L-AMPBはEsherichia coliのグルタミン合成酵素の拮抗阻害剤であることも明らかになった。したがって,ビアラホスの殺草効果は,L-AMPBに加水分解された後,グルタミン合成酵素の活性を阻害し,蓄積したアンモニアによるものである。
スルホニル尿素系除草剤は,哺乳動物に対する急性毒性が低く,しかも従来の除草剤に比べて著しく高い殺草活性を示す。この一連の除草剤は,ロイシン,バリン,イソロイシンなどの分枝アミノ酸生合成において,重要な役割を果たしているアセトラクテート合成酵素(ALS)を阻害することが明らかになり,また本剤に対して抵抗性を示すタバコ突然変異株を用いた実験によって,この機構の正当性が証明された。
グリホサートは非選択性接触型のC-P結合を含むアミノ酸除草剤である。この薬剤は,トリプトファン,チロシン,フェニルアラニンなどの芳香族アミノ酸生合成において,重要な役割を果たしている5-エノールピルビニルシキミ酸-3-リン酸エステル(EPSP)合成酵素の阻害剤であることが判明し,この薬剤で処理された植物では芳香族アミノ酸の生合成が抑制され,その結果,植物が枯死する。
ジフェニルエーテル系,ビピリジル系除草剤の殺草作用には光が関与する。ジフェニルエーテル系除草剤はクロロフィル合成を阻害し,その結果,蓄積するある種のポリフィリン類が光による光増感反応によって,細胞膜破壊を引き起こすと推定されている。パラコートなどのビピリジル系除草剤は,植物の光合成系から発生する励起電子により,1電子還元を受けて安定な陽イオンラジカルが生じる。これが,空気中の酸素によって酸化され,もとのジピリジル陽イオンに戻る際に発生する過酸化水素が殺草活性を示す。トリアゾール系除草剤ATAはクロロフィル生合成阻害活性を,またクレダジンはオーキシン拮抗作用を有する。
→農薬
執筆者:高橋 信孝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
農薬取締法には、除草剤という用語は存在しないため、除草剤は、農作物(樹木および農林産物を含む。以下、農作物等という)を害する植物の防除に用いられるその他(農薬以外)の薬剤をさす。つまり、農作物等を害する植物を雑草とよび、雑草の防除に用いられる薬剤が除草剤である。農作物等は、雑草と栄養、水、光そして空間を奪い合っており、農作物等の収穫量や品質を確保するためには雑草を防除する必要がある。また、農作業の作業効率を高め、病害虫の発生を抑制するためにも雑草防除は必要である。
[田村廣人]
雑草の防除は、古くから人力による手作業が中心であり、多くの労力と時間を費やしていた。水稲栽培では、小熊手(こぐまで)、雁爪(がんづめ)および田打ち車等の道具も使用された。日本では、18世紀後半には、石灰窒素がマツバイに効果を示し、硫酸銅がアオミドロに有効であることが知られていた。1930年代には殺虫剤として使用されていたジニトロ-o(オルト)-クレゾールに除草活性が発見されたが、他の生物に対し強い毒性を示した。1940年代に植物に特有のホルモン(植物ホルモン)の作用を攪乱(かくらん)し、かつ、植物間で選択的な除草効果を発揮するフェノキシ酢酸を骨格とする2,4-ジクロロフェノキシ酢酸が発見された。さらに、植物特有の生理作用を阻害するために動物には安全性が高く、かつ、環境に負荷の少ない除草剤が開発され、今日では、1ヘクタール当りの施用量が10グラム未満の除草剤も登場している。また、除草剤に対し耐性を示す遺伝子組換え作物も登場した。
[田村廣人]
除草剤は、植物を対象とするため、農作物等と雑草との間で選択性が求められ、特定の植物種のみに効果を発揮する選択性除草剤と、農作物等を含むあらゆる植物種に効果を示す非選択性除草剤に分けられる。選択性除草剤は、さらに、広葉(双子葉)植物に効果を発揮する広葉雑草対象選択性除草剤とイネ科(単子葉)植物に効果を発揮するイネ科雑草対象選択性除草剤に分類される。
また除草剤の処理法により、種子が発芽する前後に土壌に処理(散布)する土壌処理剤と、発芽後に雑草の茎葉に処理する茎葉処理剤に分類される。さらに、付着した植物の部位で効果を発揮する接触型除草剤と、根や茎葉から吸収され植物体全体に移行し効果を発揮する浸透移行型除草剤に分けられる。なお、散布方法や製剤化がくふうされ、今日では、除草剤を水溶性フィルムに包装した剤型や錠剤の形態をとり水田の畦畔(けいはん)から投げ込む製剤、また、製剤化した原液を水田の水口に直接滴下するものや、田植機に取り付けて全面に散布するタイプもある。このように、環境への負荷を低減させるため、少量散布技術も進歩してきた。
植物特有の生理機能を阻害することにより、その効果を発揮する除草剤もある。その阻害作用により、植物ホルモン作用攪乱型除草剤、光合成阻害型除草剤、光色素生合成阻害型除草剤、アミノ酸生合成阻害型除草剤、脂肪酸生合成阻害型除草剤、細胞分裂阻害型除草剤、セルロース生合成阻害型除草剤などに分類される。
[田村廣人]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…しかし,額に汗してという勤労主義・農本主義の風潮のもとで,狭い国土から生産をよりあげるため,第2次世界大戦後まで除草には多大の労力が費やされてきた。戦後まもなく,イネに害がなく水田の広葉雑草だけを枯らすことのできる除草剤2,4‐Dがアメリカから紹介され,1950年から実際の使用が開始された。それ以降,次々と新しいより効果的な除草剤が開発され,高度経済成長に伴う農業労力の不足や労働生産性向上の必要性が高まるなかで,農作業の機械化とともに除草剤の利用は急速に広まった。…
※「除草剤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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