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北条重時家訓 ほうじょうしげときかくん

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世界大百科事典 第2版の解説

ほうじょうしげときかくん【北条重時家訓】

13世紀中ごろ,北条重時が子孫のために書いた家訓。武家の家訓として最古のもの。重時の家訓として伝えられるものに2種ある。《六波羅殿御家訓》《極楽寺殿御消息》である。《御家訓》は1247年(宝治1)に近いころ,子息長時が妻帯して六波羅探題の地位に就任するに際して教訓として作られたとする説と,長時元服の際に書かれたとする両説がある。《御消息》は重時出家後,極楽寺谷の山荘に隠棲していた没年(1261)に近いころの作で,長時以下の子息や孫たちに贈った訓戒の一つとされている。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の北条重時家訓の言及

【家訓】より

…父祖や家長が子孫,一族,あるいは家臣に対して作成した訓戒。
【日本】
 中世前期には有名な《北条重時家訓》《北条実時家訓》などがあり,後期には戦国期の《朝倉孝景条々》と伊勢長氏の《早雲寺殿廿一箇条》,それに子息3人に3本の矢でさとした逸話で有名な《毛利元就書状》が知られている。北条重時,実時,毛利元就のものは,父が子に与えた訓戒として,狭義の家訓にもっとも適合的な内容のものであり,他方,《早雲寺殿廿一箇条》は家・一族共同体の支配に擬制された大名領国下の家臣団を対象とした広義の家訓の一例といえよう。…

※「北条重時家訓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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