改訂新版 世界大百科事典 「北条重時家訓」の意味・わかりやすい解説
北条重時家訓 (ほうじょうしげときかくん)
13世紀中ごろ,北条重時が子孫のために書いた家訓。武家の家訓として最古のもの。重時の家訓として伝えられるものに2種ある。《六波羅殿御家訓》と《極楽寺殿御消息》である。《御家訓》は1247年(宝治1)に近いころ,子息長時が妻帯して六波羅探題の地位に就任するに際して教訓として作られたとする説と,長時元服の際に書かれたとする両説がある。《御消息》は重時出家後,極楽寺谷の山荘に隠棲していた没年(1261)に近いころの作で,長時以下の子息や孫たちに贈った訓戒の一つとされている。
前者は全43条より成り,若年の子息に対して,一家の主人としての心得,ひろく世間に交わるときの注意を事細かに記したものである。冒頭の1条に〈仏・神・主・親ニ恐ヲナシ,因果ノ理ヲ知リ,後代ノ事ヲカゞミ,凡テ人ヲハグクミ〉と,あるべき人間像を描き,以下諸条々はあたかも現代人の処世訓ともいうべき内容のものである。総じて世間の評価にきわめて神経を遣っており,従者の取扱いにも細心の注意を払って,〈人ニ称美セラレ〉〈万人ニ昵ビ,能ク思ハレ〉る心得を説くのが特徴である。全体を通じて一種の迫力がみなぎり,当時の幕府上層武士の思想と生活の一面を物語っている。これに対し後者は子孫への一般的教訓で,出家後の作だけに抽象的,仏教的色彩が全体をおおっている。日常道徳を仏教的思想と結びつけて,〈正直の心〉をもつべき道徳律を説き,浄土思想への傾斜が見られる。13条には〈道理の中に僻事(ひがごと)あり,又僻事のうちに道理の候。(中略)又僻事の中の道理と申は,人の命をうしなふべき事をば,千万僻事なれども,それをあらはす事なく人をたすけ給ふべし(後略)〉とあり,人命尊重主義を説いている。
執筆者:辻本 弘明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報